2006年08月10日

夏は納涼「かまいたちの夜×3」 その1

Dacirq8f  買って参りました!「かまいたちの夜×3」。
 「三日月島事件の真相」というサブタイトルからも分かる通り、前作〈わらべ唄編〉から引き継ぐ内容だ。そのため、一作目・二作目の本編(つまり一周目)が丸ごと収録され、おさらいできるようになっている。一瞬サービス過剰?とも思ったが、3のプロローグだけ見て、プレイ中断を決意。これは確かに、旧作やり直さないと全然遊べんわ。

 そんな訳で、一作目「ペンション シュプール編」からやり直す。最初にプレイしたときはスーパーファミコンだったので、絵や字がキレイなのが嬉しい。3までの流れを意識してか、一部サウンドが変更になっているようなのは惜しい。OL北野啓子がハマっているTVドラマが、「サカチュー」(堺の中心で金を稼ぐ)に変わっていたり、細かく変更されている。
 再びプレイしてみて、これは良くできたゲームだったのだ、と再確認。そもそも、犯人覚えてるのにクリアできないってどうよ? バッドエンドを行き尽くさないと正解にたどり着かない過酷さを再び味わうとは…。

 弟はなぜか、「釜井たちの夜」編だけ良く覚えているらしい。その話、再録されてないって!
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2006年08月09日

「MOTHER3」が遺したモノ その5

 「MOTHER3」がついに終わった。

 「マザー」とは母。前作までの母は、自宅にいて一時の休息を与えてくれる存在だった。
 しかし、「3」では、そこにいない母こそがストーリーを引っ張る。第6章のイベントで母に助けられ、第8章で仮面の男とのラストバトルに勝ったのもまた母。最後の戦いはイベント的に決着を付け、プレイヤーにまともに戦わせないのがマザー流。

 そして、「マザー」とは母なる大地。最後の針が抜かれたとき、画面に目をこらしたのだが、伝説のドラゴンとやらはついに見ることができなかった。その描写は、自然災害、特に地殻変動を思わせるものだった。
 龍脈という言葉がある。風水の用語だが、高く大きな山脈には龍が走っており、大きなエネルギー(これが「気」)を秘めているのだという。そして、この理論を人体に応用したのが針灸術だ。
 「マザー3」において、針で眠らされているドラゴンとは、西洋ファンタジーのドラゴンのふりをして実は、風水の龍に想を得たものだったのだろう。
 針が抜けて目覚めたのは大地だった。ドラゴンとは、火山活動(?)を再開したノーウェア島そのもののことだ。ドーッと隆起した絵は、なんだか「未来少年コナン」の残され島みたいだった。

 エンディングの後、ゲームの住人たちが、主人公をすっ飛ばしてプレイヤーに話しかけてくる演出が付いている。
 このとき、なぜ画面が真っ暗なのだろう。
 プレイヤーは、操作する主人公の目を通じて、ゲームの風景を見てきた。物語が終わり、そうでなくなった今、プレイヤーには彼らを見る術がない、ということなのだろう。
 転がっていたドアノブは、最後までどこの扉のものかわからず終わる。マザーの世界への扉は二度と開かず、だから我々は、元気に生きている彼らの姿を見ることがかなわないのだ。

 ただ一つ、最後のロゴ(特にOの部分)が、世界の復活を教えてくれている。「MOTHER3」はついに、そして完全に終わったのだった。

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2006年08月06日

「MOTHER3」が遺したモノ その4

 「マザー3」は、前作までとは全く異なる舞台と主人公で始まる。従って、1と2をプレイしていなくても大丈夫…と思っていたら(以下ネタバレ)

 またお前か! ポーキー

 いや、予兆はあったのだ。敵がブタマスクだったり、どせいさんが出てきたりしたので。でも、その時点では、前作までのユーザーへのサービス、くらいに終わる可能性も考えていて、まさか本当に物語がつながるとは思っていなかったのだ。
 だから、7章の終わりでリムジンが迎えに来たときには相当なオドロキがあり、直前に戦った仮面の男のことをすっぱり忘れそうになった。

 ポーキーは色々な嫌がらせを用意して、ビルの100階で主人公を待つ。各フロアのイカレた設定は、マザー本来のテイストにすっかり戻っていて、ドラゴンの封印をめぐる平凡な旅に少し飽きていた私は、ほっと胸をなで下ろしたのだった。
 中でも、一番強烈だったのが、メカポーキーとのミニゲーム対決(3種目くらいあったかな?)。ポーキー様のご機嫌をとるためにわざと負けろ、という。しかも大差ではダメで、接戦を演出しろ、と。他のフロアでも嫌がらせのセリフはあったし敵はいたけれど、これくらいムカつくイベントはないな!
 しかし、冷静になってみると、これはまさしく過去のRPGでコンピューターがしてくれていたことのパロディだ。コンピューターは、プレイを盛り上げるために、あの手この手で接戦を演出し、しかも負けてくれていたではないか。今までのRPGで、接待プレイや出来レースでいい気にさせられていたのは、我々の方である。このイベントでは、立場を逆転してそれを見せ、その虚偽を暴いたのだ。

 思えば、「マザー2」のサブタイトルにしてラスボスであった「ギーグ」という言葉は、アメリカではレベル高きオタクのことを指す言葉だった。2において、普通の少年から邪悪な敵へ身を落としていったポーキーとは、ゲームプレイヤーである我々の一面を表したキャラだったのかもしれない。
 その推測は、彼とのラストバトルで確信に変わる。主人公はポーキーを倒すことはできなかった。彼が「絶対安全カプセル」に入ってしまったからである。
 色々な世界へ出入りし、相手から攻撃されない絶対安全な所に隠れているのは、ゲームの世界から見たプレイヤーのことに他ならないではないか。

 主人公は、正義を成すプレイヤーに操られ、仮面の男は、邪悪なプレイヤーであるポーキーに操られていた。最後に彼らは戦わなければならないが、主人公の側のプレイヤーが、ポーキーのように邪悪でないと、誰が保証することができようか。

続く
posted by Dr.K at 14:10| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム百鬼夜行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月02日

単なるグチ

 ただ今、私の勤務校では期末試験の真っ最中でありまして、課題採点と成績判定に追われております。

 何でこんな簡単なテストで20点代とか取りやがりますか。
 問題文の日本語が読めないんじゃないか、とか、四則計算を知らないんじゃないか、とか思われるケースが散見されます。ゆとり教育ってすごいな[E:angry]
 あと、解答する気がないというケースもあるようですが、とっとと親に金を返して学校やめた方がいいんじゃないかと思います。
 国が資本主義と競争社会をやめたりでもしない限り、学生さんが就職時に求められるレベルは決して下がりません。学校だけ楽にしても、それは単なる問題の先送りです。文科省もそのへん考えて、高校までの教育を見直してくれるよう願いたいです。
 甘やかされてきた子供を、数年間で社会に通用する真人間に鍛えるなんて、軍事訓練施設か宗教団体でもないと正直無理ですわ。

 まぁそんな環境の中で、一定の実績を残す学生が育ってくるからこの仕事は時として感動するわけですけど。
posted by Dr.K at 11:38| Comment(8) | TrackBack(0) | 馬鹿は黙ってろ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする