アカデミー賞外国語映画賞を受賞したイランの映画。
物語は、一組の夫婦の離婚調停から始まる。妻のシミンは、娘の教育のために、国外に移住したい。夫のナデルは、痴呆の父を置いては行けないと反対する。
シミンが実家へ帰ってしまったので、ナデルは父の介護のため、ラジエーを雇う。ここで、国情の違いが出る。日本であれば、介護の人材もそこそこ豊富で、老人ホームなどの施設もある。しかし、イランでは親の面倒は子が見るもの、という昔ながらの道徳がある。そして何より、宗教の問題である。たとえ老人の世話であっても、他人である男性に触れることは許されない。敬虔なイスラム教信者のラジエーにとって、介護の仕事は困難を極める。
ある日、ナデルが帰ってみると、ラジエーが外出しており、父はベッドの柱に縛られたまま転落して危険な状態だった。ナデルは大いに怒り、ラジエーにクビを言い渡し、突き飛ばして家から追い出す。
その晩、ナデルはラジエーが流産したことを知る。ラジエーの夫ホッジャトは、ナデルを訴える。イランでは、胎児に対しても殺人罪が適用されるのだ。
緊迫感の塊のような2時間。ここには、大きな事件もアクションも何もない。だが、すべては、普通の人の普通の暮らしの上で起こりうる出来事。遙か彼方、イランでの他人事という感じは全くなく、私たちも明日にもこういうことがありそう、というリアリティに圧倒される。
しかも、ただ単に暗い映画ではなく、エンターテインメントとしてもよく出来ている。事件の真相が徐々に明かされていくサスペンス的な展開。しかも、急に答えが降ってくるような安易なものではなく、伏線がきちんとしていて感心する。
エンドロールが流れ始めたとき、あまりにも鮮やかな幕切れに呆然とした。離婚のもう一人の主役は、娘のテルメー。彼女の心情を追って、もう一度見てみたい気持ちになった。
イランでは、映画に政府の検閲が入り、その表現にはかなり制約があるのだとか。とてもそうとは思えない、見事な完成度に脱帽である。
シナリオ力 10
エンディング 10
男の短気度 10
個人的総合 8