2008年11月24日

島国大和さんが解説する「日米、ゲームの作られ方」

元記事:「日米、ゲームの作られ方

 島国大和さんが、4Gamer.netの記事「「Diablo III」のアートデザインは,どんな過程を経て生まれるのか?」をブログで解説している。なるほどねぇ、と興味深く読んでいたら、事例としてうちの記事が引用されていてたじろぐ。こんな僻地まで来て、悪ふざけの文を読んでいただいて、どーもすいません。
 せっかくなので、少しまじめに考えてみることにする。

 まず、島国さんによるまとめを引用してみる。Diablo lllの開発手順は、以下のようなものなのだそうだ。

stage1
 graphicデザイン、ゲームデザインの方向性を決める。ブレストを繰り返し、兎に角アイデアを出すことに集中する。
stage2
 プロトタイプを作り、問題点を洗い出す。テクスチャもなくシンプルなものでゲームを作る。
 
これにはあらゆる人間が関わる
stage3
 プロトタイプへの肉付け作業を行う。
 プロトタイプではあらゆる人間が関わっていたのに対し、ここでは人数を絞り、
全員がゼネラリストで、さまざまな内容をこなしていく。
stage4
 ここまでに積み重ねてきたことに従い、完成を目指しして作業を行なうという最終段階。
 という表現がなされているが、物量を増していく作業と思われる。

 まず、stage1に関してだが、これはアメリカにおける映画の立ち上げに似ている。コンセプトアートを描き、見た目からゲームを企画していくのである。「プリンスオブペルシャ」や「God of War」のメイキングでも同じようなものを見たので、アメリカでのゲーム作りとしては一般的なものなのだろう。まず視覚化することにより、ブレストが進めやすくなることは予想できる。
 これが日本だと、素案や企画書という形で、どちらかというと文章寄り、システム寄りの書類からスタートする。素案からゲームのプレイ感覚を想像するのは、実は結構難しい。この段階で何も言わないくせに、いざ画面が出てから文句を言うスタッフが出てくる…のも無理はない。
 何より驚くのはstage2、3。青文字で強調しておいたけど、こんなことが可能なんて、アメリカのスタッフは有能なんだなあ。ゲームが面白くなるために、必要な指摘ができる人、なんて限られていると思うんだが。「全員がゼネラリスト」というのも意外。日本では、個人の担当を細分化して、人海戦術でボリュームを満たすのに躍起になっているというのに。

 島国さんも言っているけど、開発の半ばで「人数を絞る」のが、日本では特にありえない。大手パブリッシャーであれば、開発チームに入っていない待機人員や研究スタッフが多少いても許されるかもしれない。しかし、デベロッパーはそうはいかない。ひどい話だが、スタッフを働かせ続ける(=給料を払い続ける)ために作るゲーム、なんてプロジェクトもあったりするらしい。ゲームなんてもの、ユーザーが欲しい分だけ世の中に出ればいいわけだが、作り手も食べ続けなきゃいけないので、そこんとこ結構つらいのよ。でもって今、こんな景気だから下請けにあんまり仕事回ってこないし。
 いかんいかん。アメリカ大手の理想的な開発体制に、つい庶民の愚痴が出てしもうた。

posted by Dr.K at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 馬鹿は黙ってろ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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