2009年10月12日

サマーウォーズ

 やりやがった。
 家族でもカップルでも見られるメジャー映画、それ以上でもそれ以下でもない。批判の出ないテーマ性をもった優等生的な部分が鼻につき、どうにものれなかった。

(以下、ネタバレ含む)

 嫌な予感がしたのは、開始から数秒、オープニングでのことだった。電脳世界、OZの説明が流れる部分である。OZ自体のユーザーに対するアナウンス、という体裁を取っており、観客はいきなり作品の舞台に放り込まれる。
 これを臨場感ととれたあなたはラッキーだ。オンラインゲーム等に親しみのない者にとっては、この説明では難しすぎる。逆に、アバターとかセカンドライフまでよく知っている、という者にとっては、なんの新鮮味もない設定に見えてしまったかもしれない。

 新しい世界を見せるには、登場人物の目線でその世界に触れさせる、というのが一般的な手法。「サマーウォーズ」の場合、主人公を田舎の大家族に飛び込ませる部分では、その手法が踏襲されているが、OZに関しては既知のものとして扱っている。ここがこの映画の新味で、つまりはデジタル化されたつながりから、大家族のつながりへの回帰をうたう内容となる訳だが、実際には世の中それほど進んでおらず、どっちつかずの立ち位置でしかない観客は、いささか中途半端な移入にとどまるしかない。

 これに呼応するように、クライマックスでは逆の現象が起こる。OZの世界での戦いは、格闘ゲームという、ゲーマーには親しみのあるタイプのビジュアルで行われていたのが、最後の戦いでは一転して花札対決になる。ルールがわからない人も結構いたんじゃないだろうか。
 家族で観に来て、子供は親にネットのことを教え、親は子供に花札を教える。これが理想的な観客像なのかも知れない。

 この映画に決定的に欠けているもの、それは悪意。ラブマシーンは単なるプログラムであってそこに意志はなく、開発者の侘助さえ悪人として描かれない。これまでによくあった、進み過ぎた技術=悪、というパターンを覆した結果、クライマックスのカタルシスには乏しい内容となった。強大な敵と向き合っているにも関わらず、どこか物足りない
 私は、同じ電脳世界なら、人類に対する悪意に満ちたマトリックスの方が好きだ。悪が強く魅力的であればこそ、正義もまた映える。善意に囲まれたサマーウォーズでは、主人公の頭がオーバーヒートして鼻血を吹くくらいの熱気がせいぜいなのである。

 「よろしくおねがいしま〜す!」
 あの予告編の映像が、本当に終わり際の内容なので驚いた。あれが戦いの始まりかと思わせる構成は、一種の詐欺ではないのか

予告編   10
優等生度  9
万人向け  8
個人的総合 7

posted by Dr.K at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画一刀両断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック