2010年01月16日

マイマイ新子と千年の魔法 その3

 いきなり物騒なことを書きますが、私は、この映画を見て「自分はいつ死んでもいいんだ」と思ってしまったんですね。いや、死ぬつもりないですけど。

 生きるということは、いつからこんなに難しくなってしまったのでしょうか。私たちは、大きな夢や目標を持つことを勧められて育ちました。しかし、龍馬のように天命を受け止めたり、イチローのように記録を残したり、手塚治虫のように誰もが知る作品を創ったり、これらは一握りの優れた人にのみ可能なこと。大部分の普通の人は、生きているうちにとりたてて何も残せません。
 ましてや、現在は格差社会。勝ち組のみに名声も利益も集中し、普通の人に冷たい社会です。そのせいで、世界に対する漠然とした不信感が蔓延しているように思います。自分は、優れた者になるよう言われ、育てられてきたのに、実際には世の中にとっていてもいなくても大差ない存在でしかなく、そのような扱いをうけて生き続けるのは苦しい。特に、若い人ほどそう感じているのではないでしょうか。

 いつの世にも競争はありました。例えば、高度経済成長の頃には、受験戦争が加熱しました。しかしそれは、〈偏差値〉という画一的な価値観の競争でしたから、反抗するのも簡単だった。ところが現在の〈勝ち組〉は不気味です。「オンリーワン」などという甘言を弄して、ゴールの見えない競争を続けさせようとする。心や体を病んで脱落する者が増え、到底正常な社会とは言えません。誰かが「普通で生きていいんだ」と言ってあげなければ救われない人がたくさんいる。

 「マイマイ新子と千年の魔法」は、それを言ってくれる作品です。

(以下に、物語の結末などのネタバレが含まれます)

 この映画の舞台は50年も前の山口です。その舞台で新子は、千年前の人々の暮らしに思いを馳せます。千年前の人々は、さらに昔、祖先が大陸から渡ってきた頃を思います。
 その2で述べたように、新子はおじいさんたちに知識を伝えてもらい、この想像をしました。千年前の少女もまた、歴史を知ることで、さらに昔を想像します。

 普通の人が、自分の知る範囲のことを子どもに伝える。この当たり前のことが、1000年の変わらない連鎖として表現されたとき、観客に〈千年の魔法〉がかかります。私たちもまた、その中にあるのだと気付くのです。

 この物語の中では、〈伝える〉ことがくり返しクローズアップされます。
 例えばタツヨシは、父の死に際し、ベーゴマ遊びを教えてもらえなかったことを、最も悔やみます。そして、自分が大人になったら子どもに遊びを伝える、という宣言と共に立ち直るのです。
 新子のおじいさんの死が、あまりにあっさり流されたのに驚いた人もいると思います。しかし、おじいさんは新子たちに色々な知識を伝えることができたので、役目は果たされたのです。
 新子が引っ越すシーンも、晴れやかでした。〈千年の魔法〉は貴伊子に受け継がれたので、新子に悔いはないのです。
 1000年前の姫が、人形劇によって貧しい家の子をはげます場面は、感動的でした。想像力を働かせて遊ぶことが、今日まで子どもに伝わっており、その途切れない鎖によって、私たちの世界への信頼が回復していきます
 私は、年に一度は、遊びをリストアップさせる授業をしますが、その際、おにごっこ・かくれんぼ・秘密基地づくりといった子どもの遊びが、現在の都会の子にもまだ伝わり続けていることを確認できます。
 時代は違っても、人は変わらない。言葉にするとものすごく陳腐ですが、この映画は、風景を実際に並列させてしまうことで、そのことを説得力のあるビジュアルで見せているのです。

 このような連鎖は、他の作品では、親子や家族、すなわち血のつながりを媒介にして描くことが多かったように思います。ところが、新子たちは、どこにでもいる一時の友達関係でしかなく、将来も多分普通の大人にしかならない。「マイマイ新子」は、〈伝える〉ことをもっと普遍的で、スケールの大きなものとして描きます。

 世界に対する漠然とした不信感が蔓延した結果、「誰でも良かった」などと言い出す殺人犯が出てきます。こういう人にとっては、自分のいない世界=無、なんです。だから、他人を巻き込むことに躊躇がありません。しかし、私たちは普通の自分を認めましょう。そして、自分の死後も、普通に明日が訪れることを願いましょう。世界への信頼が回復するとは、そういうことです。
 大丈夫。明日笑って、また遊ぼう。

普通ってなんだろう。映画「マイマイ新子と千年の魔法」
 紹介していただき、ありがとうございます。忍さんのゲーム情報の読者のごく一部でも、この映画に目をとめてくれるようになれば、blog珍品堂の歴史的使命も果たされるというものです。
【artwork】『マイマイ新子と千年の魔法』
 アニメーターの仕事ぶりが垣間見られる貴重な資料。本作が大切に作られていることが伝わりますね。

posted by Dr.K at 21:45| Comment(1) | TrackBack(0) | 映画一刀両断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
映画これから見に行きます。

実は不信感が蔓延しているということすらまやかしで、本当は信じたい人が多いんじゃないでしょうか。大体普通人は、契約の前に感情で動きますからね。

今の子供も変わらない遊びをしているのですね。そうあって欲しい、そうだろうなと思っていたので勇気がでます。「世代が違う」だけで悪いレッテルを貼られてしまうことも不信感の原因に繋がるのではないでしょうか。例えば大人は今の若者たちをマトモだと信じるとこから始めなくちゃいけないのかもしれないですよね。曲がったら直せばいい。

伝えるって事は、洗脳ではなく信じる事なんですね。
信じてる人に半端はできないから、どうすれば伝わるかってとこは半端無い。

今度映画見て、勇気もらって来ます。
Posted by ウルフライダー at 2010年01月17日 07:18
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