2010年05月05日

先生、ついに出ました。 西岡兄妹「カフカ」

 私が大学に入った頃のこと。自分の著書をテキストとして買わせ、レポートを書かせた上に、長々と解説を講義する先生が現れて面食らった。小説家の後藤明生である。
 何しろ国語の成績だけがマシ、という理由で文学科を選んだ理系崩れのこと、先生の小説のどこがいいのかさっぱり理解できない。レポートで遠回しに「こんな小説のどこが面白いのかわからない」旨を正直に述べたところ、先生から面白がられ、なぜか気に入られてしまった。

 その後、私はゼミでマンガを研究しようと決意。先生にそのことを話すと、「ぼくはマンガのことはよく分からないが」と前置きした上で、「カフカの作品、そうだな、〈流刑地にて〉の機械をマンガにすることが出来たら、ぜひ見てみたいものだね」とおっしゃった。
 当時の私はマンガを描いていたので、これは私が自ら描くことを期待しての言葉だった。さっそく「カフカ短編集」を買い、「流刑地にて」を読んでみた。なるほど、これは挑戦状だ。詳細に書かれているが、全体像はつかませない。カフカは視覚化できない作品の宝庫だった。

Kafka 先日、西岡兄妹の「カフカ」を店頭で見つけ、私がまずしたことは、「流刑地にて」が収録されているかどうか確かめることだった。やはり入っていた。迷わず購入だ。
 読んでみると、原作つきマンガにありがちな独自の解釈は控えてあり、ナレーションの形で小説の本文ほぼそのままが引用されている箇所が多い。しかし、「流刑地にて」のクライマックスは文を封印して絵だけで表現されており、漫画家の意地を垣間見た。

 先生、ついに出ましたよ。でも先生が生きていたら、多分、「なぜ君が先に描かなかったのか」とおっしゃるのでしょうね。

posted by Dr.K at 15:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 手塚治虫 変容と異形 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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