2011年08月07日

トゥルーマン・ショー

 公開された当時から名作の呼び声高く、残虐シーンもベッドシーンも一切ありません。それなのに、地上波でまともに放送されないというのは…やはり内容のせいなのでしょうね。

 テレビのバラエティ番組が、ドキュメンタリー形式をうたいながら、実はその演出が仕込みやヤラセだった、ということで視聴者からの批判が相次いだのは、ここ数年のこと。仕込み自体はおそらく昔からあったのでしょうが、視聴者の側がネットとPCで検証の手段を手にしてしまったために、隠された番組制作の裏側が暴露されてしまったわけです。
 「トゥルーマン・ショー」は、そうした番組制作のあり方を告発する作品、とも受け取れるのですが、98年の時点でそれをやっている先進性があらためてすごい。トゥルーマンの人生は、生まれた瞬間からすべて仕込みだったわけで、そこから逃れるための困難が描かれています。(困難の一つに原発事故のネタがあるので、今後もしばらくは放送できなさそうですね。)

 主人公の会心の笑顔によって、さわやかに終わる本作ですが、よく考えてみるとなかなか怖い。トゥルーマンは、敷かれたレールに沿って生きていれば何の不自由もないわけで、これは最近のひきこもりの人に言わせれば完全に〈勝ち組〉の人生ではないのか、と。また、トゥルーマンを応援した一見善良な視聴者たちが、「さて、他の番組を見ようか」と、あっさり気持ちを切り替える描写が秀逸。ハッピーエンドのどさくさに紛れて、テレビと視聴者との共犯関係をあぶりだしています。
 テレビを見ることそのものに疑問を抱かせるこの映画、そりゃ地上波放送なんかしたくないってもんです。

SF設定  9
キャスト  8
完成度  10
個人的総合 8

posted by Dr.K at 10:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画一刀両断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック