2012年02月25日

平林久和、〈コンセプト〉を語る

 ゲームアナリストとして知られる平林久和さん。ある日のtwitterで、こんなことをつぶやきました。

人間の性格、モノの性質。タイミング、かあ。

 前後のツィートと何の脈絡もなく、意味不明です。
 実はこれ、とあるゲーム企画コンテストの会場でつぶやいたもの。私の担当する学生が、素晴らしいことに最終審査に残り、プレゼンをすることになったのですが、その審査員の一人が平林さんだったのです。しかし、審査員としてのコメントが、「今ツイートしました」ってのはいかがなものかと(笑)

昨日は全国から集まった学生のゲーム企画コンテストの審査員をつとめさせてもらいました。さんが言うところの「ゲームゲームしたゲーム」は低得点に「ゲームゲームしていないゲーム」を高得点にしました。
だって、ゲームゲームしたゲームをつくるのがうまいプロはすでにたくさんいる。学生というステータスにある人は、プロに追いつけではなく、逆にプロには考えもつかないことを考えてほうが、かえってプロになる近道だと思うんですね。

気になったのは「コンセプト」という言葉でした。プレゼンテーションする側が、この難解な語句を自身で咀嚼せずに、使いまくられている気がした。私はこう思う。コンセプトとは「考えの塊」が「考えの軸」に凝縮されたもの。 ブレない軸のことだと思うんだなぁ。
大きなコンセプトがあったら、中くらいのコンセプトもある。コンセプトの前に、2文字の漢字がやってくるんだ。たとえば「表現」がやってきたら表現コンセプトって感じでね。これは全体、グランドコンセプトの下位概念に属す。つまり、コンセプトには階層があるということを言いたいんです。
難しいことを難しい言い回しで書いてしまった。今度は簡単に言ってみます。
「おや?」「ドキッ!」「あらまあ」。何でもいい。人の気持ちを動かすものがコンセプトの原型。それをふくらませていけばコンセプト=考えの軸になる。この軸が良ければ、どんな調理法をしても。ヒット作になるという保証はできないけれども、けっして駄作にはならない。
だからね。「誰でも遊べるインタフェイス設計」「シューティングゲームならではの爽快感」というのは、まったくコンセプトになっていないわけです。

で、結局高得点を獲得したのは、「人間の性格」「物の性質」を「タイミング」よく組み合わせる‥‥というコンセプトを持った作品だった。これには感心した、というオチでした。

 落書き感覚あふれる宇宙人のゆるキャラが活躍する、ある種天然な企画から、これだけの背景を引き出すのはさすがです。
 その発表者に対して、「コンセプトとは何ですか?」という質問をぶつけた平林さん。当の学生が堂々たる受け答えをする裏で、冷や汗をかいたのは私でした。何しろ企画を教えたのは私ですからね。評価いただいてありがとうございます。あと、やっぱりこの学生は何かを持っとるわ。才能をつぶさないように気を付けます。
 以上、ツイート現場からのレポートでした。

posted by Dr.K at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 馬鹿は黙ってろ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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