2013年03月19日

ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日

 作家を前に、パイは驚くべき体験を語り始める。それは、トラと漂流した海の旅だった。

 面白い作りだ。本来なら、ボート一隻にトラとどうやって共存するのか、そのことで観客の興味を引くべきだ。ところが、今ここでパイが語っているわけだから、彼の生還はいきなり自明のことになってしまう。
 おまけに、トラと漂流するまでがずいぶん長い。パイの少年時代、様々な宗教に興味を寄せた経験がじっくり語られる。

 やはり問題は結末だ。
 漂流の旅から見事生還したところで話が終わっていれば、普通のサバイバルストーリーで済んだのだろうが、本作はそのまま終わらないことで話題になっている。

以下に結末を含むネタバレがあるので注意!

 日本の船会社が、沈没事故の原因を探ろうと、唯一の生存者であるパイの元を訪れる。パイはトラとの漂流の話を聞かせるが、彼らはその話を信じようとしなかった。そこで、パイはもう一つの話を始める。生き残った人が殺し合う凄惨な話だ。
 パイは、作家に「どちらの話が好きか」と訊ねる。

 この解釈を求めて、色々なサイトを見て回った。その多くは、もう一つの話こそが真相であり、トラとの漂流は凄惨な体験を置き換えたもの、ととらえていた。

 あんまりである。何というつまらない結論だろう。
 やはりこういうものを観るには、日本人はちょっとまじめすぎ、合理的すぎるのかもしれない。「本当」とか「真相」とかにそんなにこだわるべき作品だろうか。

 本作は、現実とはかけ離れた内容が意図的に盛り込まれている。あまりに急に沈没する船、幻想的な海の表情、美しい鯨、トビウオの襲来。ミーアキャットの島などは、すべてがありえない映像であり、その全景はヴィシュヌ神が横たわった姿のようにも見える。
 これらは、パイがどのように語ったか、その語り口を表したものと言える。我々は、マルコ・ポーロが語る東方見聞録を聞くようにこの物語と対峙する。信じられないことが起こるが、そのように語られているのだから見守るしかない。宗教的なモチーフが散りばめられているのも、パイ自身がそのような生い立ちをふまえて語っているからである。

 それに対して、もう一つの話には映像が用意されない。観客にとってわざとつまらないものを用意し、「どちらが好きか」と問うている。すなわち、物語の持つ力を確認しているのだ。
 トラは人に懐くことなく、毅然と森へ帰った。動物は物語を持たない。宗教を持つ人間だけが、現実を物語として解釈しようとするのである。

3D映像 9
神秘性  8
東洋性  9  
個人的総合 8

 

posted by Dr.K at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画一刀両断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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