2013年05月25日

浪漫あふれる空中遊園地 「BIOSHOCK INFINITE」その3

 突然のクリア。
 いや〜、「アンチャーテッド」シリーズでも思ったけど、洋ゲーにはラスボス戦という様式美がないな。
 も一つ予想外だったのが、FPSだと思ってプレイしたのに、ストーリーの方に断然比重が置かれていたこと。しかしさすがは「バイオショック」。だったら映画でやれ、などとは全く思わない。ゲームというメディアならではのストーリー表現が追求されていて感心した。
 以下は、エンディングを含む考察。

●並行世界
 エンディングの展開には参った。時間も空間も超越するものすごい結末で、初見のプレイヤーはほぼ置いてきぼり。いったいどういう話だったのか。ありがたいことに、わかりやすく解説してくれる記事がある。

グリーン、ゴー!:空に触れる

 結末については、最近よくあるループものかよ! ということで今どきの若者には評判が悪いらしい。だが、チープな国産ゲームやらライトノベルやらと一緒にしないでくれ、と言いたい。
 「BIOSHOCK INFINITE」は、今から100年前を舞台にしたレトロ調の世界観。並行世界といえば、古典SF小説の定番ネタであり、本作がそれにならって語られているのは、ルーテス兄妹の問答を見ても明らかである。
 そして、小説で読み、想像するしかなかったその世界を、一人称の、しかも素晴らしいビジュアルでリアルに体験できてしまうのがこのゲームの肝なのだ。だからクライマックスがバトルではなかったのだ。
 ↓は、SFファンによる絶賛の解説記事。

ヨコズキシボリジル:「バイオショック インフィニット」(ネタバレ編)

●なぜブッカーは運命を変えられないのか
 ループものの物語の場合、運命を変えることが鍵となる。だから、ゲームにする場合、ストーリーが分岐するシステムと相性がいい。運命の岐路となる地点で、プレイヤーが行動を選択するわけだ。
 ところが、「BIOSHOCK INFINITE」はそうではない。序盤の出来事が象徴的だ。ブッカーのもらう抽選券はいつも当たりであり、渡されたボールを市民にぶつけても司会者にぶつけても物語は変化しない。それどころか、作中で選ぶことの出来る選択のすべてが分岐しない。運命は初めから決まっている、という作中のメッセージ通りの内容である。
 ブッカーは並行する世界の中で、運命にあらがって何度も同じことを繰り返しているという設定だ。これは、ゲームそのものの性質に一致している。全ユーザーが、それぞれのブッカーを操作しているのだから。

●ブッカーは何度も死ぬ
 そしてついには、ゲームオーバーさえも物語の設定に取り込もうとする。
 例えば、「アンチャーテッド」の物語で、ネイトは死んだことがないが、プレイヤーはゲームでミスをして何度もネイトを死なせる。ここにストーリーとゲームの不一致が生じる。マリオは物語上では一人だが、プレイヤーはマリオの「機数」を数える。私たちは、この矛盾を、「ゲームだから」の一言で見過ごし続けてきた。
 「BIOSHOCK INFINITE」では、プレイヤーがブッカーを死なせるのと同様、物語中のブッカーも何度も死んではやり直している存在として書かれる。ストーリーとゲームを極限まで一致させようとしているのである。リトライ時の扉すら物語の伏線になっているのだから、恐ろしいこだわりである。

Bioshocki03●ソングバード
 恐ろしくも滑稽、機械のようで生物的、敵キャラのデザインはとにかく秀逸である。もちろんソングバードも素晴らしい。
 ラスボス感満載のキャラだったが、まさか土壇場で味方になるとは。凶悪なやつだが、その最期には独特のもの悲しさがある。
 ボックスフォン情報によれば、ティアの力で人間と機械が融合できるのだという。だとすると気になるのが、ソングバードは誰だったのか、ということだ。もしかすると、作中で明らかにならなかったエリザベスの母だったのかもしれない。

おまけ
dooope!:歴史に名を残す作品となった「バイオショック インフィニット」の波乱に満ちた開発の歴史をふり返る

posted by Dr.K at 20:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム百鬼夜行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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