2013年11月10日

ナラティブって何だ

 ゲーム分析において、今年になってからよく聞くようになった言葉について勉強中。

【GDC 2013 報告会】初のサミット開催、ストーリーとナラティブの違いとは?

[CEDEC 2013]海外で盛り上がる「ナラティブ」とは何だ? 明確に定義されてこなかった“ナラティブなゲーム”の正体を探るセッションをレポート

あなたが自分の家系や先祖を知るなかで分かる、ビデオゲームのストーリーやナラティブという物語の言葉を巡るおとぎ話

 私が理解したことをざっくりまとめると、
ストーリー:ゲームの作り手が用意したシナリオをたどるもの。
ナラティブ:プレイヤーの行為が生み出す独自の物語。
という感じだろうか。
 今から、この理解に基づいた実例を挙げていく。ここで、読んでいる皆さんにお願いがある。例として合っているかどうか、私の理解が間違っていないかどうか、ぜひ意見を聞かせていただきたい。

●「ドラゴンクエスト」
 王の依頼で姫を助けるのはストーリー。姫を抱えて宿に泊まると「昨日はお楽しみでしたね」と言われるのも、作者の巧妙な仕込みなのでストーリー。
 一方、満身創痍で町へ帰ろうとする時に限って、強い敵とエンカウントするのがナラティブ。もうだめだ、と思った時に〈会心の一撃〉が出て敵を倒せた、というドラマは理想的なナラティブ。

●「俺の屍を越えて行け」
 朱点童子との因縁や、どんでん返しの展開はストーリー。
 しかしこれは、極端なナラティブ重視ゲーム。世代を重ね、つるっばげの子供が生まれて〈珍念〉と名付けたり、そいつに限って最強に育ち、つるっぱげ大活躍になるのがナラティブ。適当すぎるプレイのために一族が強くならず、途中でゲームを断念(実話)するのも壮絶にナラティブ。

●「新世紀エヴァンゲリオン2」
 ストーリーとしては原作を踏襲。
 しかし、「ガンパレードマーチ」と類似のシステムなので、何が起こるかわからない。綾波が妙にリア充になって、アパートに友達がどんどん訪れるのがナラティブ。原作にないカップルが誕生して抱き合っている現場を見てしまうのもナラティブ。シンジ君以外の人物が鬱になって、暗闇で椅子に座りこんでいるのもナラティブ。

●「レッド・デッド・リデンプション」
 オープンワールドの西部劇ゲーム。メインミッションを消化して進むのがストーリー。
 次の目的地へ行く途中、助けを求める市民を見つけ、ならず者と銃撃戦をかっこよく決め、終わってみると自分の馬がクーガーに食われていなくなっているのがナラティブ。夜の荒野で、火に当たっている旅人と出会い、しばし語らった後、立ち去ろうとする時に間違って旅人の馬に乗ってしまい、泥棒として射殺されるのも極めてナラティブ。

 ゲーマーの体験としては、特に目新しいことはないのだが、それに新しく名前が付いた、といったところか。研究自体にはあまり興味がないが、ゲームを面白く作りたければ重要になってくる概念なので、今後も注意深く追っていきたい。
 ところでこれ、ゲームをしてて猫にリセットされた、というような外的な経験は含まないと解釈したのだが、それでいいのだろうか。

posted by Dr.K at 16:55| Comment(4) | TrackBack(0) | 馬鹿は黙ってろ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いつも楽しく拝見させて頂いています。
ナラティブはつい昨日知ったので十分理解できていませんが……理解した範囲では、ストーリーとの違いとして「語り手&聞き手としてのプレイヤー」が強調されているような気がします。
ナラティブなゲームでも、プレイヤーがお使いプレイをしているつもりならば(ナラティブの)仕掛けが失敗していると言えそうです。逆にリプレイ日誌や攻略日誌のように、ストーリーに自分を取り込んでナラティブに楽しむというのもありそうです。……両方ともゲームそのものには関係ありませんが。
Posted by 見習い at 2013年11月10日 20:04
はじめまして。
そちらにリンクされているブログGAME・SCOPE・SIZEの管理人です。
Blog珍品堂様はアドベンチャー関連の記事を
以前に幾つか拝見しており、拙ブログのリンクには恐縮しております。

さて、半ば唐突なナラティブという批評用語なのですが、
拙ブログでも触れておりますように
現代美術から文学などはじめ、
既に社会的地位と歴史あるジャンルの評では
当然のように使用されており、
それはあらゆる表現が広まったために、
単なる一律の物語(というかモチーフ)というものだけを
どう上手く語るか?描くのか?
というだけではなくなり、
さらなるコンセプチュアルな表現が広まる中で
単なるストーリー、というものだけでは
評価を回収しきれなくなったからです。

なので昔から欧米のあらゆる表現のシーンでは
物語性というのは批評界隈で大ネタとして機能しており、
特に日本のゲーム界では全くと言っていいほど
そういう土壌や観点が無かったために
みんな戸惑っているのでは、と僕には映りました。
(ただ良くも悪くも、ですが。
ICOのようなゲームがユリイカなどに特集されるとか、
蓮実重彦のような元東大総長でありながら映画批評家のようなタイプの
ゲーム批評家に大変に評価されるなどなどの
未来が来たとしたらそれは喜ぶべきか憂うべきか)

現代ビデオゲームではもう表現の拡散が
近年のインディーズゲームシーンの評価などに
現れているように、
例えば「風の旅ビト」などが最もわかりやすいと思いますが、
あれを評価するのにもはやストーリー脚本の巧みさや
キャラクター云々では多分回収できないですよね。
作り手の方もそこをスタートラインにはしていないと思いますし。
しかし一本のストーリーがなくとも、
間違いなく一種の連続性や物語性がある。
そこでこの感覚を評する範囲に
ナラティブが使用されています。
このあたりは他ジャンルでもほぼ同様です。

特にゲームメカニクスからグラフィックスの
劇的な変貌に上限が来つつある今、
プレイヤーが触れられる物語性や表現というのを
主にした作品がシーンで着目されることが
この言葉の背景にあると僕は考えております。
Posted by eabase887 at 2013年11月10日 20:30
>見習い様
 おっしゃる通り、ナラティブはゲームの作り手が仕込むものなので、うまく行っている場合とそうでない場合とが出てきます。このへん、形のはっきりしている「ストーリー」と違って、良し悪しの判断が難しいところです。
>eabase887様
 いらっしゃいませ。今回の内容とは関係ありませんが、そちらのブログでは「スラッシュアクション」を追った記事に感心しました。たくさんのゲームを位置づけていて、面白かったです。
 リンクいたしましたので、今後ともよろしくお願いします。
Posted by Dr.K at 2013年11月10日 22:31
ナラティブと言う言葉を初めて聞いたのがTRPGだったので、てっきりTRPG系の用語で事前に用意したシナリオよりも会話での即興劇的な展開(プレイヤー側の提案を積極的に取り込んだり、PCの行動により物語の展開が大きく変わったり)を重視したシステムの事だと思ってたけど違ったかな。
ただリンク先の記事を見る限りだとドラクエ3でオーブを取得する順番やタイミング等で入手が大変だったと感じるオーブの色がプレイヤーによって異なる事とかにですかね。
後、ポケモンでヒトカゲ選んでタケシに大苦戦するとか。
Posted by 通りすがりのゲーム好き at 2013年11月11日 03:21
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