2014年11月22日

南極物語

 高倉健が亡くなった。追悼企画として、テレビではどんな映画が放送されるのだろう。「幸福の黄色いハンカチ」「鉄道員」、それとも、最後の作品である「あなたへ」だろうか。そんな予想をしていたら、まさかの「南極物語」である。

 これはすごい。木村拓哉の「南極大陸」とこれほど別物とは思わなかった。「南極大陸」は、大勢の人間が紡ぎ出す濃厚で詰め込まれた物語である。ところが、「南極物語」には何もない。高倉健と渡瀬恒彦という2大スターを擁しながら、彼らにほとんど何もさせない。犬たちは犬たちで、生き残るための冒険をし、一匹また一匹と数を減らしていくのだが、悲しみを煽るような演出はなく、淡々と報告するかのように進む。南極の大自然がすべてを飲み込んでいくかのようで、スケールの大きな空白が観客を畏怖させる。テンポよく、無駄のない構成に慣れた最近の視聴者にとっては、さぞ退屈でつまらないことだろう。
 感動の場面として語られる、結末も実は面白い。タロとジロを見つけ、まず高倉と渡瀬が駆け寄ろうとする。雪に足をとられ、転びもつれながら走る様は、まるでじゃれあう犬のようである。カメラはその姿を正面からとらえ、必死に進む二人の表情をうつす。これは、犬から見た映像に他ならない。人間社会では、タロもジロも訓練された飼い犬に過ぎないが、南極で生き抜いた後の彼らは違うのだ。厳しい大自然の中では、主従など失われる。名前を呼ばれて、ようやく2人のもとへ走ったタロとジロには、空気を読んでやったぜ、という余裕まで感じてしまう。

 追悼企画なのに、高倉健が活躍しないじゃないか! と文句を言おうとしたが、犬を立てて脇を渋く演じられるのもまた高倉健の真髄、と思い直すことにする。

スケール感 9
オーロラの怖さ 8
ナレーションの渋さ 7
個人的総合 6

posted by Dr.K at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画一刀両断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック