2015年02月16日

清須会議

 三谷幸喜が監督し、大泉洋が主演となれば、抱腹絶倒のドタバタ喜劇となるに違いない、と思い込んでいたが完全に誤解。喜劇仕立ての部分もあるが、本筋はいたってまじめな歴史ドラマであった。
 本能寺の変による信長の死後、それぞれに跡継ぎを擁して柴田勝家と羽柴秀吉とが対立する。その決着の場となるのが清須会議だ。
 役所広司演じる勝家は、政略については丹羽長秀にまかせっきりのお人よしとして描かれる。まるで重みがなく、ダイワハウスのCMのようだ。
 一方、大泉洋演じる秀吉は、表面の明るさとは別に、着々と野望に向けて根回しを進める食えない男として描かれている。
 若いころの私ならば、知略に優れた秀吉が勝って当然、と思っただろうが、今の私は愚かな勝家の方の肩を持ちたい。武勇をもってお家を支えてきた勝家も、天下統一が見えてきた時代にあっては老害でしかない。変化に対応できない中年男性の哀愁は、現代のサラリーマンにも通じるものがある。
 秀吉のヅラも相当変だったが、各キャラクターに扮するためのメイクが独特である。バカ殿役の妻夫木聡、寧役の中谷美紀は終わるまで誰だかわからなかった。お市と松姫のおしろい、お歯黒メイクも考証は合っているのだろうがインパクト大。
 時代が動くことを音だけで伝える結末は雰囲気があるが、秀吉の好感度が低く描かれるため、「空しい」の一歩手前のような余韻。三谷作品らしい面白さを期待してはならないので、人に勧めにくい映画だ。

扮装度 9
地味度 8
喜劇度 4
個人的総合 5

posted by Dr.K at 06:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画一刀両断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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