2015年07月19日

マッドマックス 怒りのデス・ロード

 最近、昔の映画のリニューアルや続編が多い。今年だけでも「ターミネーター」に「ジュラシック・パーク」、そして後には「スター・ウォーズ」が控える。
 懐かしい名作のタイトルに、つい期待してしまうが、油断は禁物だ。どれとは言わないが、技術も予算も投入しながら、こけてしまう映画が後を絶たない。思い出は思い出のままにしまっておいた方がいい、などと悟りの境地に達してしまうことさえある。

 「マッドマックス」もまた、30年越しの新作となるのだが、その結果はというと、
これを観ずに死ねるか、という傑作だ。

注:以下にネタバレを含む

 先に断わっておくと、私は過去の「マッドマックス」を観たことがない。だが、本作が昔の映画の良いところをきちんと受け継いでいることは理解できた。ポンコツのアメ車を魔改造した車たちが爆走し、フリークスたちがスクリーンを猥雑に彩り、命知らずの荒くれ者どもが前のめりに死にざまを晒す。ああそうだ、こういう荒っぽい映画が昔はたくさんあったよ、と嬉しくなる。
 マックスは主人公だが、その内面は空虚。家族を失った彼には生き延びる以上の目的がない。代わりに明確な目的をもって行動するのが、ヒロインのフュリオサだ。マックスがヒロインを助ける姿には、西部劇のガンマンか、日本の侍かという凛々しさがある。よくあるアメリカンヒーローのように、大義を振りかざすヒロイズムが全くないところがかっこいい。
 一方、悪役となるイモータン・ジョーもなかなかに味がある。荒廃した世界で、燃料、水、食料、女など、すべてを独占する支配者。だが、彼には悲哀がある。透明な鎧は、病んで老いた体をごまかすためのもの。また、女を集めたのは、汚染された世界に子孫を残し、王国を繁栄させようとしたからだ。作中で見せた、赤ん坊を悼む気持ちは本物だった。彼もまた、荒廃した世界を生き抜こうとした被害者なのだ。この世界では、平和な時代と同じ善悪の価値観は通用しない。
 マックスもまた、内なる狂気に苛まれる存在であり、フュリオサと共に平和な国を築くことはできない。故に、あのような結末となる。砂漠を駆け抜けるカーチェイスがほとんどを占めるクレイジーな映画でありながら、世界の成り立ちと、人々の内面がきっちりと描写されている。まさしく手練れの仕事であり、文句を言うとすれば、パンフレットが売り切れていることくらいだ。

残虐度 9
物語密度 9
迫真度 9
個人的総合 9

posted by Dr.K at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画一刀両断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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