2017年03月30日

SING その2

 こちらでは、前回触れられなかった、演出や構成についてメモする。

●前座
 はじめに、同じ制作会社による「怪盗グルー」新作の予告が入る。「今日はSINGを楽しんでくれ」というグルーからの挨拶で締めるのだが、鶴瓶の声が浮いており、不安をはらんだ開幕となる。

●起
 登場人物の置かれている状況を、短い映像で手際よく伝えていく。ナレーションや説明セリフがなく、とてもテンポが良い。別の登場人物へ場面が変わるときは、カメラが爆速でかっ飛んでいく。3D版ではここが一番の見どころかもしれない(笑)
 歌のコンテストが開かれることになり、登場人物が一堂に会する。予告編のオーディションシーンは、短くダイジェストされているように見えるが、本編でもかなり短くダイジェストされており、一次予選はあっという間に終わる。

(以下、ネタバレ含むのでご注意)

●承
 チラシの賞金の桁が間違っていたことに気付き、バスターは金策に奔走する。
 一方、本戦に向けて、出場者はそれぞれ練習を始めるが、個々に問題が襲い掛かる。主婦のロジータは、子供の世話と家事に追われ、外出もままならない。アッシュは彼氏に浮気され、失意のどん底に落ちる。ジョニーは、父が仕切るギャング団の運転手を任されていたが、練習のせいで約束の時間に遅れ、父は逮捕される。ミーナは内気すぎて一次予選で歌えず、もう一度チャンスをもらおうと劇場を訪れるが、成り行きで裏方を頼まれてしまう。そして、自信過剰なマイクは、賞金をあてにして豪遊し、カードでイカサマをはたらいてヤクザな熊たちに追われる身となる。
 バスターは、かつての大スター、ナナを劇場に呼び、出場者のステージを見せて出資を頼もうとした。だがその当日、マイクが熊に追われて乱入したことで、ステージは台無しになり、賞金がないこともばれ、劇場も崩壊する。積み上げたものを一気に崩すのはストーリー構成の王道とはいえ、この過激さは、「災害を連想させる場面がありますが…」と公式サイトが注意するだけのことはある。
 すべてを失ったバスターは、父と同じ洗車で一からやり直す。このシーンが笑えて泣けて素晴らしい。金持ちボンボンのはずのエディが、当たり前のように手伝ってくれる友情もいい。
 そのとき、がれきと化した劇場の方から、美しい歌が聞こえてくる。

●転
 劇場の跡地を即席の野外ステージにして、コンサートが開かれる。歌うことによって、各登場人物が抱えていた問題が、鮮やかに解決していく。ここまで楽曲は多数出てきたものの、短くぶつ切りのものばかり。最後のコンサートシーンのみ、充分な尺をとってじっくり聞かせており、クライマックスらしさを効果的に伝える。
 ロジータが歌うときのセットは、紙で作ったような手作り感のもの。監督の前作、「リトル・ランボーズ」(これも傑作!)を思い出して目頭が熱くなる。前半で、自動家事マシーンを作った器用さがここで生かされた。
 アッシュは、自作の曲で彼氏との決別を力強く宣言。テレビでそれを見た彼氏が引き込まれている描写がいい。クズだったけど、音楽の良さはわかるのだな。
 ジョニーが歌う再起の歌を聞いて、父親は脱獄。舞台裏でジョニーと和解を果たすが、そのBGMが次のマイクによる「マイウェイ」となっているのがうまい。同時進行なんだけど相乗効果。
 最後のミーナ。圧巻のステージに、自己中のマイクまでがすっかり魅入られているのがおかしい。声優がMISIAという時点で、歌がめちゃくちゃうまいに違いない、とあらかじめわかってしまうのだけが難点。

●結
 ナナはこのコンサートで出資を決め、劇場が再建される。
 ただのご都合主義じゃない。賞金目的のコンテストから賞金が消えたことで、自分のために歌う、本当の歌のステージが逆説的に実現したというお話なのだ。
 また、歌がうまくなる過程がない、という感想も見たがそれも異議あり。私はこの映画、「誰もが何らかの長所を持っている。それを発揮する場が見つかっていないだけだ」という万人に向けた優しい応援と感じた。歌はその比喩的な表現に過ぎず、だから特訓で壁を乗り越えるようなものではないのだ。

 エンドロールが終わると、続編制作決定のお知らせ。嬉しいけど、2020年はちょっと遠すぎないか。あと、監督を変えないでほしいと切に希望する。
 そしてさらに、字幕版も観ようというメッセージ。前座もあわせて、ちょっと宣伝が鼻につくのが残念。
posted by Dr.K at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画一刀両断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック