2017年04月14日

花沢健吾「アイアムアヒーロー」22巻

iamahero22.jpg 雑誌を読んでいないので、この巻で完結ということに驚いた。中身を読んで、予想を裏切る結末にうろたえた。
 ZQNのすべてが明らかになる、とは思っていなかったものの、比呂美があんな形で放り出されるとは思わなかった。AMAZONのレビューも大荒れである。

 だがこれは失敗ではない。作者は恐らく、覚悟のうえでこの結末を選んだのだと思う。
 中田コロリは、何人かの仲間とともにヘリで脱出。離島で平和な暮らしを取り戻す。この流れは、王道も王道であり、中田は見事ヒーローとなった。
 一方、鈴木英雄は、わずかな判断の差によって、中田と会うことができない。結ばれたはずの比呂美とは敵対する。誤ってクルスを守ろうとしたり、中田を狙撃しそうになったりする。そして、東京でただ一人の生存者となり、孤独なサバイバル生活を続ける。
 もしも中田と合流できていれば、もしも比呂美と和解できていれば、もしもクルスと戦っていれば…英雄にはタイトル通り「ヒーロー」になれる機会が何度もあったのに、それをことごとく逃す。少年マンガ的な予定調和の否定である。
 1巻で、英雄は妄想に生きる孤独な生活者だった。最終章のサバイバル生活は、その状況に似せて描かれる。しかし、今度は本当に人がいない真の孤独である。そして、いきなり挟まれる東日本大震災の描写は、この世界が英雄の妄想ではなく現実であることを示す。夢オチや精神世界オチの可能性を否定しているのだ。
 ここで英雄が絶望して死ねば、インパクトのある結末にできた。だがそれもしない。誰もいない希望もない世界で、生きるためにただ生きる。それができるのは、鉄の心をもったヒーローだけではないのか。英雄の前向きな一歩を雪の上に記したところで、作品は唐突に終わる。
nagarebosi.jpg ま、花沢健吾が流れ星先生の信奉者だった可能性は否定しないけどね。
posted by Dr.K at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 手塚治虫 変容と異形 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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