2017年10月07日

スイス・アーミー・マン

 無人島で、孤独に絶望して首をつろうとしているハンク。そこへ一人の男が流れ着く。「人だ!」と一瞬喜ぶハンクだが、返事がない、ただの屍のようだ。がっかりしてやっぱり死のうとすると、死体が激しくガスを噴き出し、沖へ進みだした。ハンクは慌てて追い、死体にまたがる。ジェットスキーのように海を駆ける死体、そこへ最高のタイミングでタイトルが出る。「スイス・アーミー・マン」。ハリー・ポッターでおなじみのダニエル・ラドクリフが全編にわたって死体を名演する。

(以下に結末を含むネタバレあり)

 突き抜けた笑いを提供してくれるバカ映画かと思ったらちょっと違う。

 まず感心するのが映像の美しさ。ハンクは死体にメニーと名付け、ともに故郷を目指す。驚くべきことにメニーは会話ができ、エロ本を見てどきどきし、勃起する。もはや生きてるんじゃないか、と突っ込みたくなるがそれはさておき。メニーには生前の記憶がないので、ハンクが色々なことを教える。下ネタばかりだった会話は、次第にハンクの恋の話となる。ハンクは女装し、バスやレストランや映画館などの舞台を作り、メニーとともに恋の追体験をする。これがもう凄い。そこにいるのは死体と女装した男であり、舞台は木の枝と廃品で作られた代物。これらが、撮り方と音楽の力であら不思議、美しい映像になってしまう。
 美しいものが美しく撮れるのは当たり前。美しくないものを美しく見せてしまうこの映画、ただ者ではないのである。

 そして、結末がまた一筋縄ではいかない。
 メニーが話し出した時、観客はハンクの妄想ではないかと疑う。メニーの言葉はハンクの過去や内面を鋭くとらえ過ぎているので、ますますそう思う。そしてついに町にたどり着いたとき、決定的な出来事が起こる。いよいよサラと会う時になって、メニーがただの死体に戻ってしまうのだ。ああやっぱり妄想だったのか。
 だがそこで話は終わらない。テレビが取材に来て、ハンクに「メニー」と呼びかけるのだ。ちょっと待て。実は死体の方がハンクで、生きている方がメニーというオチか。しかし、ここは単なるテレビクルーの勘違いだったようで、ハンクはやはりハンクだったようだ。
 ハンクはメニーの扱いに我慢がならず、警察からメニーを奪って逃走する。警察が、サラが、父が、それを追う。浜辺で追い詰められたハンクは、少しのやりとりの後、捕らわれる。その時、突如メニーがガスを噴き出し、沖へと去っていく。
 問題はこのラストシーンだ。メニーが動き、去っていく様をすべての登場人物が目撃している。これによって、メニーのバカバカしい活躍がハンクの妄想では終わらない可能性が出てくる。テレビクルーやサラが唖然としているのに対し、父がいい笑顔をしているのが印象的だ。やれやれとんでもない事だ。笑っていられるのは年の功なのか、それとも父も若き日に似たような経験をしているのだろうか。そしてメニーは、また別の場所で活躍するのだろうか。色々な余韻のあるいいエンディングだ。
 ハンクはメニーに生を教えたつもりだったが、実際にはメニーから生きることを学んだ。ゾンビではない生きた死体、という難役を見事に演じたダニエル・ラドクリフに惜しみない拍手を。

映像美 7
音楽  9
不謹慎度 10
個人的総合 7
posted by Dr.K at 23:55| Comment(0) | 映画一刀両断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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