2018年03月11日

シェイプ・オブ・ウォーター その2

1、個人的な既視感
 この映画は、監督が語る通り「大アマゾンの半魚人」「美女と野獣」など、様々な過去の作品へのオマージュが含まれています。ですが、それら意図して似せたものとは別に、私が似ていると思った作品があるんですね。以下に紹介しますので、「シェイプ・オブ・ウォーター」が気に入った人はぜひ触れてみてください。

●ゲーム「バイオショック インフィニット」
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 「シェイプ・オブ・ウォーター」は、背景美術が素晴らしいです。アパートも、研究所も、時代を感じさせるだけでなく、使い込まれた感じがあってとてもリアルです。
 「バイオショック インフィニット」は、時代設定は違うんですけど、古き良きアメリカの再現という点で似ています。そして、見た目のみならず、音楽性がかなり近いんです。背景に史実に基づいた政治的問題があり、不気味で哀愁のあるモンスターが出てくる点も、共通点と言えるかもしれません。

注:ここからは結末の考察など、ネタバレを含みます。

●花輪和一「御伽草子」より、「浦島太郎」
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 「シェイプ・オブ・ウォーター」の結末を見て思い出したのがこれでした。
 「御伽草子」は、花輪和一が昔話を題材に描いた短編集。緻密な筆致で、エロ・グロ・ナンセンスの摩訶不思議な物語が展開します。そんな作風もデル・トロ監督に近いですね。
 「浦島太郎」は、よく知られた昔話の後日譚となっています。竜宮から帰った太郎は歳をとらず、乙姫に改造されたのかエラまでついています。化け物として岩屋に捕えられているのを、姉が気にかけるのですが…。結末も似ていますのでぜひ比べてみてください。

2、結末の解釈
 ラストシーンについては、色々な見方があります。イライザの首の傷がエラとなって蘇る、幻想的な映像をどう解釈するべきでしょうか。
 一つ目は、あれがイライザの本来の姿であった、とする説。イライザは、かつて川で拾われた孤児であり、首には傷があり、口がきけない。すべてが伏線となってつながります。半魚人に一目ぼれしたのも、同族との共鳴、と考えると説得力が出ますね。しかし、この解釈だと双方とも怪物なので、主題が〈人間と怪物の恋〉じゃなくなってしまいます。
 二つ目は、神の力によってイライザにエラができた、とする説。この半魚人は、アマゾンでは神として崇められていました。また、ストリックランドは作中で聖書をたびたび引用します。そのストリックランドが、半魚人が蘇ったとき、「おまえ、神だったのか」と驚くのは印象的。アマゾンの原住民の迷信だと思っていたものが、本物の神であったという結末になります。
 三つ目は、語り手の想像とする説。この映画は、ナレーションから始まり、ナレーションで終わります。声の主は、イライザの隣人である画家のものです。彼が目撃したのは、半魚人がイライザを抱いて海に入るところまで。イライザはおそらく死に、半魚人の行方はわかりません。この悲劇に対して、画家がロマンティックな想像を付け足して語った、という見方です。
 いずれの解釈にも可能性があり、観客の想像に任されるところが面白いです。

3、注目すべきレビュー
 やはり語る余地がある映画ということなのか、皆さん力のこもったレビューを書いておられます。いくつかをここで紹介します。

小羊の悲鳴は止まない:愛と喪失の物語
 水で表現された愛について。また、半魚人の素性について詳しく調べています。
 作家性をいかにして保つか、小島監督がゲーム制作の経験も踏まえて熱く語ります。
 マイノリティが認められる映画を作ったら、別の人が虐げられていた。面白い視点。

 映画はそんなに最高とまで思わなかったのですが、他の人の感想がこんなに面白い映画は久しぶり。観てよかったのは間違いないです。
posted by Dr.K at 21:17| Comment(0) | 映画一刀両断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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