2018年04月26日

バーフバリ 王の凱旋

 そもそも予告編のテンションがおかしいが、全く誇大広告ではなかった。主人公が登場するだけで高揚感が漲り、民衆ばかりか象までもひれ伏す偉大さ。王を称えよ、さらに称えよ!

 前編である「伝説誕生」は上映の機会が少なく、観ていない人も多かろう。だが心配は無用。冒頭で流れるダイジェスト映像で前知識は補える。「王の凱旋」も現在公開はほぼ終わっているが、あまりの好評に、6月から3時間にわたる完全版の公開も決まったので、皆様もぜひ劇場で王を称えてほしい。
 次の王に決まったアマレンドラは、世間を知るために、身分を隠して旅に出る。水戸黄門か、遠山の金さんか、ファイブスターストーリーズか。日本人には非っ常〜になじむストーリーラインだ。この部分は、珍道中と言って差し支えなく、前作と比較してコメディ要素がパワーアップ。花咲き乱れるクンタラ王国は、砂と石に覆われたマヒシュマティ王国と異なり、風景もド派手にパワーアップ。
 もちろんふざけてばかりではなく、アイデアの限りを尽くした戦闘アクションもパワーアップ。そして、デーヴァセーナ姫との運命的な恋愛が、戦闘の中で描写されるのでテンポがゆるまない。シヴドゥが恋に落ちたアヴァンティカも戦闘の達人だったことを思うと、やっぱり血は争えないのね、と微笑ましくもある。
 戦いに勝利し、印籠が出され(笑)、姫との恋は成就。歓喜の中、デーヴァセーナを国へ連れ帰るシーンは、インド映画お得意の歌と踊りになるが、演出が超絶パワーアップしており目が点になる。ここで終わっても充分映画一本分となろう。
 だが物語はここからが本番。前作の結末、カッタッパの告白の真相が、ようやく明らかになるのだ。

注:以下にネタバレを含む!

 勢いとインパクトばかりが取り沙汰されるこの映画、意外にも(失礼!)、構成がしっかり考えられている。例えば、姫を乗せて帰ってきた白鳥船が、王国の巨大石像に接触し、帆柱が折れてしまうシーン。ストーリーの暗転の予告である。このようなわかりやすい視覚化は、世界市場をターゲットにしているアメリカ映画が得意とする手法。「バーフバリ」の監督がアメリカ映画の手法に倣ったのか、あるいはインドもまた多様な民族がいる映画大国なので、こういう手法が使われているのか。
 クライマックスの対比演出もお見事。
 かつて、赤子のマヘンドラを城から逃がす時、王家の者だけが知る隠し通路を使った。ところが、長じたマヘンドラが城に攻め入る時は、正面突破どころではない方法で突入を仕掛け、鮮やかな対比になっている。話題になったこの突入シーン、マヘンドラは英雄なのでいいとして、一般兵が平気なのは笑う。
 そして宿敵バラーラデーヴァとの戦い。並行して、デーヴァセーナが祈りを捧げる。映画冒頭の祭りの繰り返しになっているのだ。祈りの成就を防ぐため、バラーラ配下の者が途中の橋を破壊する。これをある手段で解決するのだが、かつて、デーヴァセーナを船へ渡らせるために、アマレンドラが自ら橋になったエピソードと対比させているのだ。
 マヘンドラがバラーラデーヴァと戦う際、鎖を巻いた手で殴りつける。弓も剣も達人のはずだが、ずいぶん野蛮な選択だ。この鎖は長年デーヴァセーナを縛り付けていたもので、これでこそ復讐という演出になっている。

 ラストシーン、黄金像の頭が川を流れ、瀧を落ち、シヴァリンガのもとに流れ着く。前作のオープニングと呼応しており、世代をまたがったストーリーが見事に完結するのである。いや〜、これは満足。
 ちょっとぐらい続編に色気を出しても良いのに、すぱっと終わるので潔い。おまけにエンドロールまでカットされている。なんだと。元のままだと長すぎるので、国内版が編集されているというのは知っているが、エンドロールを切って許されるのか。これがインドのおおらかさか。

主役のカリスマ 10
敵の憎々しさ 10
シヴァガミの目力 10
個人的総合 10
posted by Dr.K at 22:37| Comment(0) | 映画一刀両断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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