おさらいのつもりで「ダークナイト」を観てから行ったが、その必要はほとんどなかった。
稀代の悪役、ジョーカーがいかにして誕生したのか。アメコミでは、科学薬品の溶液に落ちたというエピソードが描かれ、「ダークナイト」では、父親からの虐待によって口を割かれたと語られる。だが、この映画にはそのような劇的な場面はない。
主人公のアーサーは、母親を介護しながら暮らす貧しい独り身で、コメディアンになる夢があるがその才はなく、発作的に笑ってしまう精神疾患に苦しんでいる。そして、オヤジ狩りに遭ったり、仕事をクビになったり、酔った会社員に因縁をつけられたり、自分の出自を知ったりすることで、どんどん追い詰められていく。
一つ一つの不幸は、突飛なものではなく、誰の身にも起こりうる事だ。そのリアリティがたまらなく恐ろしい。
そして、アーサーが一線を越えたとき、ジョーカーの姿で繰り出したとき、信奉者からの喝采を浴びたとき、そこには痛ましさと同時にカタルシスが確実にあった。観客は仮面の群衆の一人と同じ気持ちになっている。
この映画を「気持ち悪い」「つまらない」と切り捨てる感想は全く正しい。その人はきっと、あちら側に身を置くことの危険さを本能的に察して拒否したのだと思う。
(注:以下に結末を含むネタバレあり)
結末の病院の場面が物議を醸している。
すべてはジョーカーがカウンセラーに話した口から出まかせであり、事実ではないというのだ。
確かにこの映画、どこまでが事実かわかりにくい。アーサーには妄想癖があり、母親とテレビを観ているときに、舞台で喝采を浴びる姿を想像したりする。また、どこかの店の舞台でスベっていたのに、それを見ていた近所の女性といい感じになっているのもおかしい。トーマス・ウェインに会う場面も、侵入方法が杜撰すぎて怪しい。
だからといって、会社員射殺事件や、マレー射殺事件までもがなかったことにされるのは違和感がある。
おそらく、ラストシーン直前の、キリストのごとく蘇るジョーカーが決まりすぎていたのだ。あのまま終わっていては、悪を賛美する作品と受け取られかねない。そこで、病院のシーンでいつもの嘘つきなジョーカーに戻して、観客を煙に巻いたのだ。そんなクッションが必要なほど、この物語には力があった、ということなのだろう。
映像美 8
緊張感 10
演技力 10
個人的総合 10
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