上映中、目が離せない傑作だ。よく言えば見ごたえがあり、悪く言えばあまりに重い。俳優の演技の素晴らしさや、ストーリーの良さについては他の人の感想に任せることとし、ここではその構造について分析を試みる。
●杏との共感
杏(河合優実)は、売春で稼ぐ、ヤク中の少女。彼女の背景が明らかになるのはだいぶ後なので、いきなりこんな主人公に共感せよ、と言われても困る。
ところが、この映画はその難題を一瞬で解決してみせる。杏は警察につかまり、多々羅刑事(佐藤二郎)の取り調べを受ける。多々羅は、ヤクを抜くにはこれが一番、と突然ヨガをはじめ、杏はあっけにとられる。
「何なのこいつ…」
佐藤の怪演により、杏と観客の感情が一瞬にして重なった。うまい。
(注:以下にネタバレ含む)
●コロナ禍の記録
薬物更生施設を仕切る多々羅や、雑誌記者の桐野(稲垣吾郎)の協力を得て、杏は更生へ向けて進んでいく。ゾンビのように表情がなかった杏が、生気を取り戻していく様子は感動的だ。しかし、杏を金づるにしていた母が、どこまでも追ってくる。さらに、桐野の告発記事で多々羅が逮捕されてしまう。
崖っぷちで耐えていた杏を、最後に突き落としたのは、コロナだった。緊急事態宣言で仕事も学校も奪われ、居場所をなくした杏は転落していく。感染とは関係ないところで、こんな悲劇があったとはなかなか気付けることではない。これはコロナ禍の貴重な記録と言える。
●赤ん坊
主人公が不幸に会う物語は多々あるが、慣れてくると、それもまた面白いストーリーとして消費される。ところが、「あんのこと」は実話をベースにしているので、こんなことが本当にあったのか、とさらなる絶望を覚える。
杏が赤子を預けられるくだりは、フィクションなのだという。一時とは言え、杏に育てられた子供がこれからも生きる。作者は杏に希望を残したかったのだろう。あの母も身勝手そうだったので、幸せに育ってくれるといいが。
絶望度 9
演技力 9
時代性 10
個人的総合 8
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