2017年07月25日

カーズ2

 一作目が王道のストーリーだったため、何の警戒もせず見てみたら、これがもうとんでもない怪作。

 まず、冒頭の潜入シークエンスで大いに笑う。車がワイヤーアクションを使いこなし、柱をよじ登り、あげく水中形態に変形。こりゃまたインパクトのあるプロローグだな、と感心していたら…
 なんと、それがそのまま本編だったのである。
 今作ではライトニングは主役の座を降り、メーターを中心にしたスパイものとなっていたのだ。いやいやそりゃないぜ。前作のファンなら、ライトニングのさらなる活躍こそ見たいはず。スター・ウォーズの続編を見てみたらジャージャー・ビンクスが主役だった、というのと同じくらいの暴挙である。
 また、前作がきちんと車ならではのストーリーになっていたのに対し、今回はその必然性に乏しい。それ車でやる必要あるの、という状況が連発し、プロローグで笑っていた私もだんだん真顔になってしまった。「1」が車を擬人化した映画だとするならば、「2」は人間を擬車化した映画だ。真犯人がわかるまでの間、きちんと伏線が積み重ねられており、スパイものとしての完成度が高いのが余計に腹が立つ。
 現在劇場で公開中の「カーズ クロスロード」は、ライトニングのレースを中心にした物語に戻っているようなので、「2」がなぜこんな寄り道をしたのか、不思議でしょうがない。

意外性 10
娯楽性 8
必然性 1
個人的総合 4
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2017年07月23日

メアリと魔女の花

 ジブリを飛び出し、スタジオポノックを立ち上げた米林宏昌監督。心機一転、これまでと違うものを作るかと思ったらさにあらず。ジブリ時代の集大成のような作品をぶつけてきた。
 「魔女宅」のように飛び、「ラピュタ」のような旅をし、大学は「千と千尋」のような舞台で、敵は「ポニョ」や「ハウル」で見たようなデザイン。おまけに声は「アリエッティ」や「マーニー」で聞いたことがある俳優ときたもんだ。よそのスタッフがやったら到底許されないが、これでパクりと言われないのが米林監督率いるポノックの強みだ。宮崎駿監督が作らなくなって久しい、直球の冒険活劇、アクション映画を見せてくれたのは素直に良かった。
 しかし残念なことに、見た目に反してスケール感に乏しい。
 米林監督の過去の作品、「アリエッティ」は一軒の家が舞台。「マーニー」もお屋敷とその周辺くらい。なので、少ない登場人物で話がまとまっていた。一方、「メアリと魔女の花」は、人間界と魔女の国とが交差する「ハリーポッター」に比すべきスケールの話のはず。それなのに、登場人物が極端に少なく感じるのだ。
 理由は、圧倒的なモブの薄さ。メアリの周囲に、村の住人らしき姿がほとんど認められない。魔女の大学に至っては、学生の顔の区別もつかない。他人がいないから世界観に厚みが出ないのだ。これが宮崎駿監督なら、「ラピュタ」の炭鉱の町、「もののけ姫」のタタラ場、「ハウル」の異国の街に至るまで、ありとあらゆる場所が人で満たされ、物語に影響のないモブでさえ一人一人個性を与えられていたわけで、そうした手のかかる描写があればこそ、世界は生きたものとなりスケールの大きさを感じさせたのだ。
 何のとりえもないメアリが、魔法を褒められて調子に乗ったり、つい嘘をついてしまったり、一人称的な心理描写には長けた作品と感じる。しかし、魔法を「手に負えないエネルギー」と表現し、原発事故と重ねたメッセージを発するのはまだ早かったようだ。

既視感 8
スケール感 3
ネコの存在感 9
個人的総合 5

他の方の「メアリ」評
忍之閻魔帳 …辛口!
琥珀色の戯言 …普通

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2017年07月11日

美女と野獣

 恋愛ものは苦手で、女性視点だとさらに苦手。というわけで、観に行くまでにかなりの逡巡があった「美女と野獣」ですが、なんということでしょう、アニメ版より見やすいじゃないですか。

 原因は、実写版での作り足し。大筋はアニメ版の通りなのですが、開始早々王子様が登場。野獣になるまでの経緯が映像化されます。おいおい、いきなり正体わかっちゃうじゃん。観客のほとんどが結末を知っているという前提の、大胆な改変となっています。また、中盤では、王子が早くに母を亡くし、冷酷な父王に育てられたという背景が語られます。
 総じて、野獣の視点に立った描写が補強されており、ベルが主役ではあるのですが、野獣の側にも自然に感情移入できる筋運びとなっています。魔法で獣にされる、なんて設定はおとぎ話でしかありませんが、過去の過ちにより本来の生き方ができていない、と見れば思い当たる人も多いはず。共感できる人物に仕上がっています。なお、対比的に、ガストンの方はアニメ版よりクズ度がパワーアップしています。
 一方、ベルの方もエマ・ワトソンが演じるせいか、乙女というよりは非常に男前なキャラで、好感度が高いです。双方が良い人物なので、ハッピーエンドを素直に喜べるのがいいところ。
 ストーリーは知っている上に、前半はゆったり進みますので、ちょっと心配したのですが、後半はしっかり盛り上がるあたりさすがです。

 なお、ちょいちょいゲイの出番があるのは、性的マイノリティへの配慮かと思われますが、ギャグ扱いされ過ぎていて、悪目立ちに感じられます。いらんなあ。

CG技術 9
音楽  9
風格  8
個人的総合 7
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2017年05月30日

ライオン 25年目のただいま その2

 迷子になったサルーは、施設に保護されるが、その環境は劣悪。オーストラリアに住む裕福な夫婦、ジョンとスーに養子としてひきとられることで、どうにか無事に育つこととなる。観客は、サルーの危険に満ちた足跡を観ているので、ああよかった、という感想が先に立つが、一つ重大な謎が残る。
 夫婦はなぜ養子をとったのか。
 この夫婦は、サルーを迎えた一年後、さらにマントッシュを養子にする。マントッシュは虐待のトラウマを抱えており、ジョンとスーを大いに困らせる。サルーとマントッシュの仲もまた、うまくはいかない。
 単に子供が欲しいのであれば、わざわざインドから、訳ありの子供を預かる必要などない。

(以下に、物語の核心となるネタバレを含む)

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2017年05月29日

ライオン 25年目のただいま その1

 通称「3月じゃないライオン」。
 インドに生まれ、5歳で迷子になった少年サルーが、養子としてオーストラリアで育てられ、25年後、Google earthで自分の生家を見つけたという実話を基にしている。大人になったサルーを演じるのはデヴ・パテル。「スラムドッグ・ミリオネア」のあの青年が、すっかりオッサンになっており感慨深い。
 ストーリーについては、上記の通り実話であり、「奇跡体験!アンビリーバボー」で観たという人もいるだろう。事の顛末を知りたいならそれで十分。しかし、そこはアカデミー賞ノミネート作品、映画ならではの表現が非常に優れている

 例えば眠るという表現。5歳のサルーは回送列車に入り込んで眠ってしまい、列車が動き出して知らない土地へ行ってしまう。眠りは、迷子となった直接の原因だ。そして、放浪の間、見知らぬ場所で眠るというのは非常に危険、かつ不安なことだ。この映画では、眠りのたびに暗転が印象的に使われ、シーンが断絶する。サルーの不安を観客が共有するような気持になる。オーストラリアで、安全な暮らしをするようになっても、眠りに関してのこの演出は続く。故郷がわからないサルーは、いつまでも迷子なのだ
 次に、帰るという場面。5歳のサルーは、迷子になった後、家に帰る場面を夢想する。多くの映画では、回想や夢想はそうとわかるように映像に加工が施されている。しかし「ライオン」はそうなっておらず、一瞬本当に帰れたのかと思ってしまう。その時の強い印象が、後で生きる。長じたサルーがGoogleでついに手掛かりを見つける場面がそれだ。地図をたどっていくPCの画面と、幼いサルーが帰る映像とが、交互に映される。わかっていても感動してしまう。

 子供のサルーが無事に生き延びたのも奇跡なら、25年後に生家を見つけたのもまた奇跡。映画のご都合主義は嫌われるが、インドのファンタジックな映像を見せられると、なんだか納得してしまう。映像に説得され、映像に感動させられる、本物の映画だ。

映像美 8
子役演技力 10
養子の理由 10
個人的総合 9
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2017年05月06日

モアナと伝説の海

 ディズニーのアニメは、見た目通りの内容ではないことがあるので、気を付けないといけない。癒し系のロボットかと思ったら実はヒーローものだった「ベイマックス」、ほのぼの動物ものかと思ったら意外に社会派だった「ズートピア」。そして「モアナ」もまた、予想と異なる作品である。
 主人公のモアナは、村長の娘。ディズニーで年頃の女性が主人公だと、どうしても恋愛要素がありそうと思ってしまうが、意外や意外。海に出てからは、100%冒険、アクションに振り切った活劇だった。後味もスッキリ、痛快爽快である。
 CG技術も恐ろしく進歩しており、序盤の島の風景などは、キャラがいなかったら実写と見分けがつかないレベル。水と陽光の表現も言うことなし。

 今回、題材となっているのはポリネシアに伝わる神話だ。語り継がれてきた伝承には理屈などない。そのせいか、ディズニーお得意の計算づくのストーリー構成が破綻していて面白い。

(注意:以下にネタバレを含む)

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2017年04月29日

3月のライオン 後編

 公開されたばかりなのに、いきなり小さい部屋に追いやられている。「美女と野獣」や「コナン」が人気で、場所がないらしい。実にもったいない。これもいい出来なのに。

 後編と聞くと、普通は後ろ半分とイメージするものだ。だが「3月のライオン」は違う。前編は序章に過ぎず、後編こそが本編である。
 そう感じたのは、前編で発生した事件を後編で解決する、というよくある仕掛けが作られていなかったから。「3月のライオン」では、前編で桐山と他の棋士との戦いを描きつつ、一通りのキャラクターを配置。そして後編では、各人物のドラマをぐっと掘り下げるエピソードが描かれていた。
 前編よりずっといい。私はそう思ったのだが、対局を中心とした内容を期待した観客にとっては期待外れだったようで、評価は二分されている。
 将棋とは関わりないところで展開する、川本家をめぐる物語。ここで、桐山が活躍しないのがいい。フィクションの世界では、一芸をもってあらゆる危機を乗り越えるヒーローが、多数存在する。しかし桐山は、天才棋士ともてはやされていても、他の場所では年相応の無力な少年だ。これによって、物語にぐっとリアリティが出た。
 後藤との対局の後、ばたばたと一気に物語をたたむのは、連続ドラマの最終回のような駆け足感があって今一つだったが、過剰にハッピーにしないところはよかった。あえて対局を見せず、余韻を残した結末も粋。

 それにしても、ぼっちの桐山を気にかけてくれる林田、めっちゃいい先生だと思うけど、他の生徒からはどう見られているのか心配だ(笑)

情緒感 8
シリアス度 9
安定感 8
個人的総合 7
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2017年04月16日

3月のライオン 前編

 難しい題材をよく映画化した。大健闘だ。

 主人公が棋士だからといって、映画館に将棋愛好家が押し寄せるわけではない。むしろ、神木隆之介が主演なので観よう、くらいの観客の方が多いだろう。
 そうなると、肝心の対局シーンが伝わらないことになる。盤面を映したところで、多くの観客には状況が読めないからだ。
 このような場合、スポーツマンガなどであれば、解説担当のキャラが登場し、戦況を教えてくれる。しかし将棋でそれをやるのは無粋だ。
 この映画では対局の解説は最低限にとどめ、役者の表情に状況を物語らせる。動きのない場面を緊迫感でいっぱいにできる役者の力量が見どころである。佐々木蔵之介は特に秀逸。
 心理戦が描き込まれる一方で、実際の手は単純化されている。飛車や角が動くのが強い手であり、王の正面に駒が突き付けられて投了となる。実際の将棋とはかなり違う印象だが、見栄え重視だから仕方ないのかな。

 完璧にはまっている神木隆之介はもちろんのこと、特殊メイクですっかり別人の染谷将太や、意外に悪女演技が似合う有村架純など、登場人物が面白いので、できることなら連続ドラマでもっと長く観たかった。後編ももちろん行く予定。

ダイジェスト感 7
演技力 8
子役そっくり度 10
個人的総合 5
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2017年03月30日

SING その2

 こちらでは、前回触れられなかった、演出や構成についてメモする。

●前座
 はじめに、同じ制作会社による「怪盗グルー」新作の予告が入る。「今日はSINGを楽しんでくれ」というグルーからの挨拶で締めるのだが、鶴瓶の声が浮いており、不安をはらんだ開幕となる。

●起
 登場人物の置かれている状況を、短い映像で手際よく伝えていく。ナレーションや説明セリフがなく、とてもテンポが良い。別の登場人物へ場面が変わるときは、カメラが爆速でかっ飛んでいく。3D版ではここが一番の見どころかもしれない(笑)
 歌のコンテストが開かれることになり、登場人物が一堂に会する。予告編のオーディションシーンは、短くダイジェストされているように見えるが、本編でもかなり短くダイジェストされており、一次予選はあっという間に終わる。

(以下、ネタバレ含むのでご注意)
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posted by Dr.K at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画一刀両断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月29日

SING その1

 エキセントリックな動物アニメの外見はまやかし。優しく癒される傑作である。

 コアラのバスターが寂れた劇場を立て直す物語、として見てしまうと、意外とバスターが何もできておらず、物足りない。しかしこれは群像劇。それぞれに事情を抱えた出場者が、歌によって自分を救う話なのだ。決して声高に正義を押し付けず、正しい人も正しくない人も、歌によってひと時の安らぎを得る。多彩な登場人物(?)の中に、共感できる奴が必ずいるはずだ。

 一方、技術的には、この作品はアメリカから送り込まれた刺客と言える。

 「プリキュア」のエンディングがCGになったのはいつからだったろう。「アイドルマスター」のゲームの発売。そして、初音ミクがライブを開催したこともあった。いまや日本は、CGのアイドルが歌い踊る異界である。
 「SING」は、それらを超えるCGを見せてくれる。リアルとかきれいとかそういう話ではない。感情が熱くこもっているのである。クライマックスのライブは、物語に沿った説得力のある演技になっていた。実に見事だ。

 動物ならではの社会を作りこんだ「ズートピア」とは異なり、「SING」は動物のなりをした人間ドラマだ。ではなぜ動物にする必要があったのか。人間で表現したのでは直接的すぎる部分があるからかもしれない。だが一番の理由は、CGによる感情表現のためだろう。人間のキャラだと、感情表現はあって当たり前なので見過ごされたり、実際の人間との微妙な違和感を指摘されてしまう可能性が高い。見た目が動物だからこそ、観客はそこに人間の感情を読み取ってはっとするのだ。

 そうそうたる洋楽の名曲・ヒット曲を歌う動物たちに交じって、きゃりーぱみゅぱみゅを歌う5人組が出てくる。オーディションに落ちても帰ろうとせず、英語もわからない迷惑な奴らだ。日本のアイドルがディスられているわけだが、きゃりーぱみゅぱみゅはこんな使われ方をしてどう思っているのかな(笑)

予告編の魅力 4
癒され度   10
吹替え本気度 10
個人的総合 9
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