2025年04月13日

お隣さんはヒトラー?

 1960年、南米コロンビアで一人寂しく暮らすマレクは、ホロコーストを生き延びたユダヤ人です。ある日、隣の空き家にヘルマンと名乗るドイツ人が越してくるのですが、ふとしたことから、彼がヒトラーであると気付きます。役所に訴えるのですが、ヒトラーなどとっくに死んだはず、と全く相手にされません。マレクは写真機と、ヒトラーについて書かれた本を買い込み、決定的な証拠をつかむために隣家を見張り始めます。

 マレクにとっては、家族の仇であるヒトラー。はじめのうちヘルマンは、部下に守られ、凶暴そうな犬も連れており、いかにも恐ろしい人物に見えます。しかし、調査を始めたマレクは、写真を撮るだけでなく、筆跡を確認しようとしたり、隣家に侵入して調べたりと、恐れ知らずの行動に出て視聴者を冷や冷やさせます。果たして隣人はヒトラーなのか? スパイ映画のような謎を扱っているのに、ビジュアルは偏屈な爺さん二人が不器用につきあっているだけ、というギャップが笑えます。しかも、ただの悪ふざけで終わらず、それぞれの戦後に向き合うきちんとしたお話になっている。結末の余韻はなかなかのものでした。ヘルマンとカルテンブルナー夫人が親しくなり、今後の人生が少しでも良きものになればいいですね。
 映画ではいささか使われ過ぎのヒトラーですが、まだ新しい切り口があるのだな、と感心しました。

地味度 8
滋味度 7
エンディング 8
個人的総合 6

他の方の感想
夜な夜なシネマ:別れが切ない
映画にわか:粋な珍説映画
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2025年04月10日

どうすればよかったか?

 昨年から、ミニシアターで静かにロングランを続けている、話題のドキュメンタリー映画。
 姉が統合失調症にかかったが、両親はそれを認めず、やがて自宅に軟禁する。実家を離れた弟は、姉を医者に診せるよう親を説得。帰省するたびに撮影した、一家の20年以上にわたる記録である。
 一般に、ドキュメンタリーと言えば、作り手に伝えたいことや主張したいことがあり、それに沿って映像をつなげていく。だがこの映画は、冒頭のテロップでそういう目的はない、と否定する。タイトル通り、問いかける作品であり、「この親は間違っている」と白黒がつけられるような話にはならない。
 ほとんどの観客は統合失調症に詳しくない。刻々と変化していく姉の様子を、ハラハラしながら見守ることになる。しかし、私が一番ショックを受けたのは、時の流れの残酷さだった。
 監督である弟が帰省するのは年に一度、あるいは数年おきだ。断続的な映像の中で、両親は急速に老いていく。認知症になった母は、もはや姉の面倒を見るどころではない。父の体も年相応に不自由になっていく。まるで私の家のようで、いたたまれなかった。父は教養のある研究者で、母は認知症というのが全く同じなのだ。私は両親と同居なので、変化は日々少しずつ起こっているが、映画の時間に圧縮すると、こんなにも絶望的な変化に感じられるのか、と愕然とした。
 映画を終わらせるために、監督は父に最後の問いかけをする。それを受け止めるだけの心は父にはもうない。今は施設にいる私の父と同じ様子を感じ、酷だと思った。

オリジナリティ 9
当事者性 10
作品性 1
個人的総合 評価不能

他の方の感想
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2025年04月04日

ミッキー17

 「オール・ユー・ニード・イズ・キル」のように始まるが、「風の谷のナウシカ」のように終わる。色々と惜しい凡作である。

 借金取りに追われるミッキーは、宇宙へ移民となって逃れるため、〈エクスペンダブルズ〉に志願する。〈エクスペンダブルズ〉とは、使い捨て人間。危険な仕事や人体実験に使われ、死ねば直ちに新しい肉体が〈プリントアウト〉され、記憶もバックアップされる。宇宙船は、植民地候補となる惑星ニフルヘイムに着いたが、調査に駆り出されたミッキーは、その星に住む怪物、クリーパーに襲われてしまう。

 物語冒頭は、ミッキーが繰り返し使い捨てられる。周囲に倫理観が欠片もなく、エグい世界観でインパクトがある。〈プリントアウト〉は超技術のはずだが、古びたインクジェットプリンターのようにつっかえつっかえ出力されるみすぼらしさで笑える。ミッキーにとっては、警備担当のナーシャとの交際が心の支えだが、何度再生されても次のミッキーと平然とつきあうナーシャの感覚も理解しがたいところがある。

注:以下にネタバレ含む

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2025年03月25日

トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦

 香港映画を劇場で観るのは、多分これが初めて。

 香港へ密入国したチャン・ロッグワンは、身分証の偽造をめぐって大ボスともめ、九龍城へ逃げ込む。九龍城のリーダーであるロンギュンフォンに居場所を与えられ、新しい生活を始めるロッグワン。しかし、ロッグワンには、マフィアに狙われる理由が他にもあった…

 アクションの楽しさに焦点が絞られており、長尺なのにおよそ無駄のない作りに感心する。
 九龍城はモノに溢れ、複雑かつ立体的な構造が、アクションを最大に引き出す。落ちたり登ったり隠れたり、ゲームではまだできない凄まじい戦いを見せてくれる。登場人物は多いが、その背景を掘り下げたりしない。それでいて、年寄り世代が武術に沿った技で戦い、若手が今風のケンカ殺法で戦うなど、アクションの質でキャラクターを描き分けている。頭脳戦となる局面もほぼなく、シンプルに力を競うことで問題は解決する。およそ女性が出てこず、恋愛ドラマなどない。最後の敵を倒したら、実にあっさりと幕を引く。
 今は失われた、九龍城へのノスタルジーを伝える作品だが、それが、日本の昭和ノスタルジーに通じているのが意外だった。日本の歌が流れ、日本の駄菓子が売られ、日本のアダルトビデオが登場している。人種が近いこともあり、九龍城がまるで日本のスラムのように見えてくる。
 オープニングで、過去の闘争がモノクロの映像になっているが、もう一度観たら、あのキャラがいる、このキャラもいる、となるんだろうなあ。

バイオレンス 9
アクション 9
ノスタルジー 9
個人的総合 8
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2025年03月20日

Flow

 こんなにお勧めの対象がハッキリした映画は珍しい。短期間で公開が終了しそうな予感がするので、急いで記事にします。

 主人公は一匹の黒猫。突然の洪水で逃げ場を失いますが、そこへ一艘の船が現れます。先客のカピバラと共に、黒猫の行く当てもない旅が始まります。

●特定のゲームのファンにお勧め!
 「ICO」「風ノ旅ビト」「人喰いの大鷲トリコ」、このへんのゲームにピンとくる人には、完全にお勧めできます。
 まず世界観。南米や東南アジアを思わせる意匠の遺跡が雰囲気たっぷり。家やボートがありますし、犬にペットらしい習性も見て取れるので、最近まで人間がいた気配ですが、どこまでも無人の世界が広がっています。
 次に、物語。黒猫の身辺しか描かれないので、そこ以外で何が起こっているのかは説明されません。加えて、言語が一切使われません。人語を話さずとも、動物同士は話が通じている、という設定の作品もありますが、「Flow」にはそれすらありません。
 本当に、上に挙げたゲームをプレイしたときのような気分になり、私にはぴったりの作品でした。

●猫好きにはもちろんお勧め!
 愛猫家の皆様は、黒猫の一挙手一投足を追いかけるだけで満足できるのではないかと思われます。
 動物が主人公といっても、他の作品では、擬人化されたキャラクターになっていることが多い。しかし、「Flow」は動きや習性が完全に動物のままとなっており、猫の猫らしさが素晴らしいです。冒険を押し進めるために、少しばかり人間的な考えが見える部分はありますが…。
 また、世界が滅亡するかのような災害ではありますが、猫が残酷な目にあったりはしませんので、お子様方も大丈夫です。

●制作環境
 ラトビアの小さなスタジオで作られ、全編3DCGのこの作品ですが、なんと、Blenderで作られたそうです。3DCGのツールは、プロ向きのものは言うまでもなく高価。ところが、Blenderは無料のツールであり、ゲームの個人制作などでよく使われるものです。使いこなせば、このような劇場での視聴に耐えうる映像が作れるのですね。驚きました。

注:以下にネタバレを含む

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2025年03月03日

ミッチェル家とマシンの反乱

 2021年のアニメ映画。スマホのAIアプリ、PALの反乱から、偶然に逃れたミッチェル一家が、人類を助けるべく奔走する。
 当時はコロナにより劇場公開が見送られ、配信に回されてしまったが、アニー賞に輝き、アカデミー賞にもノミネートされたので、傑作らしいと聞いてはいた。このたび、Eテレで放送されたのでようやく実際に観ることができた。ありがたい。

 映像的にも尖っていて面白いが、何よりシナリオの完成度の高さに舌を巻いた。コンピューターの反乱で人類がピンチに陥るという、空想的なストーリーでありながら、本題となる家族の再生が極めてリアルに描かれている。しょうもないギャグと思ったものが、ことごとく伏線となって決戦に生かされるのも気持ちいい。こういう無駄なく計算されたシナリオは、ディズニーやピクサーのお家芸だったのだが、最近はとんと見られない。
 娘のケイティは、映像作家を目指して芸術大学に入った…と言えば聞こえは良いが、その作品は、ネットミームにまみれたショート動画っぽいもので、お世辞にも将来性があるとは思えない。そのせいか父の方につい気持ちが行ってしまう。観客に、なぜ娘の才能を信じてやらないんだ! と思わせる内容になっていないのは珍しい。意地の悪い見方をすると、表現があまりにも流行りに乗り過ぎているので、数年後には若者から何だかよくわからない古臭い作品と言われる公算が大。
 ここぞの場面で、アプリで加工したようなエフェクトが入り、この映画自体が未来のケイティの作品かもしれない、と思わせる演出はうまい。また、エンドロールが完全に作品の一部となっているので、Eテレのノーカット放送で本当に良かった。

映像美 8
計算高さ 9
時代性 10
個人的総合 8

他の方の注目すべきレビュー
三幕構成で分解してみた:シナリオを分析しつつ絶賛
便座は上がってる:珍しい否定的意見
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2025年02月24日

 映画「敵」を観てきた。タイトルが一文字だと検索に支障あるな!

 儀助は、元大学教授。妻は20年前に亡くなり、一人暮らしを続けている。規則正しく起き、料理をし、原稿を書き、時には友人や教え子と会う。しかし、淡々とした日常に、一通のメールが届く。〈敵〉の上陸を警告するそれを、儀助はいつもの迷惑メールとして無視するが、そこから徐々に日常がおかしくなっていく…

 この映画では、何が現実であり、何が〈敵〉なのか明かされないので、解釈の余地が非常に広い。それを面白いと思える人には大いにお勧めできる。
 〈敵〉とは、迫りくる死や老いであろう。儀助はあまりにきちんと暮らしていたが、それは老いを受け入れないための防衛的な態度とも言える。数々の悪夢を経て、儀助は老いを受け入れ、破れかぶれになって立ち向かったのである。
 しかし、そうとも言い切れない。物語の前半、儀助の遺言には、相続の対象として教え子の靖子や椛島の名前が挙がっていた。ところが、最後に読まれる遺言では、甥の槙男だけが指名されている。悪夢の中で、靖子や椛島との関係は無茶苦茶になってしまうので、書き換えたのだろうか。もしかすると、靖子や椛島の訪問自体がすべて夢だったのかもしれない。そうなると、槙男が双眼鏡で見た儀助は、かなり恐ろしいタイプの霊ということになる。
 全編モノクロの映像は、美しいと同時に、現実と夢の境界をあいまいにする。色がないのに料理の数々がおいしそうなのは驚いた。編集者が突然厚かましくなって鍋を食べる場面に、最も筒井康隆らしさを感じた。他の作品にも必ず出ている人物だ。

キャスティング 8
予測不能度 7
飯テロ度 10
個人的総合 6

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2025年02月16日

野生の島のロズ

 ロズは、万能のサポートロボット。誰かに購入され、出荷されたのだが、荒天で無人の島に漂着してしまった。仕方なく動物とのコミュニケーションを試みるが、仕事を与えてくれる者はいない。拾った卵が孵化し、ロズはこの雛を育てることにした。

●抜群の始まり
 島の動物たちはかわいいデザインで描かれるが、その生き様は殺伐としており、ギャップが面白い。始まったばかりなのにロズが破壊されそうで心配になった。言葉が通じなくてコミュニケーションが困難、という状況も新鮮でいい。
 学習機能によって、ロズは動物たちと話せるようになる。これによってストーリーが進展するが、以降はやや普通に感じてしまって惜しいと思った。

●素晴らしいビジュアル
 蝶の大群や、雁の飛び立つシーンなど、スケールの大きな見せ場があり、スクリーンで観るに値する。2Dと3Dを併用した美術とのことだが、境界を全く感じさせない馴染んだ表現だった。アクションの迫力もかなりのもので、退屈する暇もない。

●予想外の感動系
 ドリームワークスと言えば、やはり「シュレック」。鋭い風刺を含んだギャグが印象深い。ところが、スタジオ創立30周年記念となる「ロズ」は、正統派の感動作だったのが意外だった。
 主人公が母代わりになるストーリーということもあり、子連れのお母さんを大いに泣かせていた。一方、ロズが母になった感想を聞かれて「重い責任」と答えるところは一番笑いをとっていた。

注:以下にネタバレを含む

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2025年02月09日

動物界

 PG12となっていたため、怖い映画かと思っていたが、そうじゃなかった。

 人間が徐々に動物になっていく奇病が発生、政府は患者を〈新生物〉として施設に隔離している。フランソワの妻も病気にかかり、南仏の施設へ移されることになった。フランソワは息子を連れて施設近くの村へ引っ越す。ところが、移送中の病院の車が事故を起こし、積んでいた〈新生物〉たちが逃げてしまった。フランソワは行方不明になった妻を探しはじめる。

 手塚治虫で数々の〈変容譚〉に魅せられているので、観て良かったと思えた一本。
 フランソワの息子エミールは、自分も動物化していることを悟り、動揺する。動物化か進むと、人間性が失われていくのだが、その兆候となる出来事が特徴的だった。力が増し、運動能力が向上する一方、自転車に乗れなくなるのだ。しゃべれなくなる、筆記ができなくなる、などの表現なら他の作品でも見たことがある。フランス人には、自転車に乗れてこそ普通の人、という感覚があるのだろうか。
 この病気、特定の動物になるのではなく、人によって、タコに鳥にカメレオン、と脈絡なく変化するので科学的なリアリティがない。しかし、ファンタジーなればこそ、比喩的な効果を発揮する。例えば、移送前の妻は、毛むくじゃらの姿はさておき、ぼんやりして言葉が通じない様子だった。まるで認知症のようであり、施設も介護施設を想起させるところがある。一方、エミールの変化は、父に明かせない秘密を抱えることからも、思春期をビジュアル化したようなもので、物語の結末も、親離れ子離れを描いているように見えた。
 異質なものを排除し続ける〈人間界〉を、冷ややかに見下ろすような作品だった。

新生物デザイン 8
手塚想起度 8
ホラー度 4
個人的総合 6
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2025年02月01日

アンダーニンジャ

 雲隠九郎(山崎賢人)は、現代を生きる忍者組織の一員。新たな〈忍務〉は、学生として高校に潜入、抜け忍によるテロ組織〈アンダーニンジャ〉を見つけ処分せよ、というものだった。

 原作のマンガは、ギャグも豊富なゆる〜い日常描写と、残虐表現に満ちた戦闘描写のコントラストが独特の味になっていた。映画では、そこに福田監督お得意の内輪ギャグが追加されたために、バランスが崩れ、前半は特にテンポが悪い。結果として、油を入れ過ぎた二郎系ラーメンのように、人を選ぶ作品になっている。しかし、レビュアーの間で特に評判の悪い〈押し入れコント〉の場面でも、劇場ではそれなりに笑いをとれていた。これまた二郎系と同じように、好きな人は好きなのだな、と感じた。
 後半はアクションの連続、しかも期待以上での出来で、どの対決も面白かった。ただ残念だったのはBGM。予告編では、Creepy Nutsの曲がかぶさっていて「おおっ」と思ったのだが、本編で使われなかったのだ。この曲は主題歌なのでエンドロールでのみ流れるのだが、終わってからテンション上げたってしょうがない、戦闘にも使ってくれよと言いたい。

 レビュアー筋からは叩かれまくっているが、言うほどひどくない。結局のところ、叩きやすい箇所がハッキリしていると、わらわらと当たり屋が寄って来るということなのだろうな。

キャスティング 9
ギャグ 3
アクション 8
個人的総合 5

他の方のUN評
映画『アンダーニンジャ』は面白かったのか? …「たかが黄昏れ」、面白そう!

posted by Dr.K at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画一刀両断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする