2017年04月16日

3月のライオン 前編

 難しい題材をよく映画化した。大健闘だ。

 主人公が棋士だからといって、映画館に将棋愛好家が押し寄せるわけではない。むしろ、神木隆之介が主演なので観よう、くらいの観客の方が多いだろう。
 そうなると、肝心の対局シーンが伝わらないことになる。盤面を映したところで、多くの観客には状況が読めないからだ。
 このような場合、スポーツマンガなどであれば、解説担当のキャラが登場し、戦況を教えてくれる。しかし将棋でそれをやるのは無粋だ。
 この映画では対局の解説は最低限にとどめ、役者の表情に状況を物語らせる。動きのない場面を緊迫感でいっぱいにできる役者の力量が見どころである。佐々木蔵之介は特に秀逸。
 心理戦が描き込まれる一方で、実際の手は単純化されている。飛車や角が動くのが強い手であり、王の正面に駒が突き付けられて投了となる。実際の将棋とはかなり違う印象だが、見栄え重視だから仕方ないのかな。

 完璧にはまっている神木隆之介はもちろんのこと、特殊メイクですっかり別人の染谷将太や、意外に悪女演技が似合う有村架純など、登場人物が面白いので、できることなら連続ドラマでもっと長く観たかった。後編ももちろん行く予定。

ダイジェスト感 7
演技力 8
子役そっくり度 10
個人的総合 5
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2017年03月30日

SING その2

 こちらでは、前回触れられなかった、演出や構成についてメモする。

●前座
 はじめに、同じ制作会社による「怪盗グルー」新作の予告が入る。「今日はSINGを楽しんでくれ」というグルーからの挨拶で締めるのだが、鶴瓶の声が浮いており、不安をはらんだ開幕となる。

●起
 登場人物の置かれている状況を、短い映像で手際よく伝えていく。ナレーションや説明セリフがなく、とてもテンポが良い。別の登場人物へ場面が変わるときは、カメラが爆速でかっ飛んでいく。3D版ではここが一番の見どころかもしれない(笑)
 歌のコンテストが開かれることになり、登場人物が一堂に会する。予告編のオーディションシーンは、短くダイジェストされているように見えるが、本編でもかなり短くダイジェストされており、一次予選はあっという間に終わる。

(以下、ネタバレ含むのでご注意)
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2017年03月29日

SING その1

 エキセントリックな動物アニメの外見はまやかし。優しく癒される傑作である。

 コアラのバスターが寂れた劇場を立て直す物語、として見てしまうと、意外とバスターが何もできておらず、物足りない。しかしこれは群像劇。それぞれに事情を抱えた出場者が、歌によって自分を救う話なのだ。決して声高に正義を押し付けず、正しい人も正しくない人も、歌によってひと時の安らぎを得る。多彩な登場人物(?)の中に、共感できる奴が必ずいるはずだ。

 一方、技術的には、この作品はアメリカから送り込まれた刺客と言える。

 「プリキュア」のエンディングがCGになったのはいつからだったろう。「アイドルマスター」のゲームの発売。そして、初音ミクがライブを開催したこともあった。いまや日本は、CGのアイドルが歌い踊る異界である。
 「SING」は、それらを超えるCGを見せてくれる。リアルとかきれいとかそういう話ではない。感情が熱くこもっているのである。クライマックスのライブは、物語に沿った説得力のある演技になっていた。実に見事だ。

 動物ならではの社会を作りこんだ「ズートピア」とは異なり、「SING」は動物のなりをした人間ドラマだ。ではなぜ動物にする必要があったのか。人間で表現したのでは直接的すぎる部分があるからかもしれない。だが一番の理由は、CGによる感情表現のためだろう。人間のキャラだと、感情表現はあって当たり前なので見過ごされたり、実際の人間との微妙な違和感を指摘されてしまう可能性が高い。見た目が動物だからこそ、観客はそこに人間の感情を読み取ってはっとするのだ。

 そうそうたる洋楽の名曲・ヒット曲を歌う動物たちに交じって、きゃりーぱみゅぱみゅを歌う5人組が出てくる。オーディションに落ちても帰ろうとせず、英語もわからない迷惑な奴らだ。日本のアイドルがディスられているわけだが、きゃりーぱみゅぱみゅはこんな使われ方をしてどう思っているのかな(笑)

予告編の魅力 4
癒され度   10
吹替え本気度 10
個人的総合 9
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2017年03月16日

ソードアート・オンライン オーディナル・スケール

 卒業生グループに誘われて観に行ったが、あきれたことにシリーズの知識があるメンバーがほとんどいない。あまりに無謀な挑戦だ。とはいえ、卒業生はそれぞれゲーム会社で活躍している中堅なので、今どきの若いもんをリサーチしようという意図があったのやも知れぬ。そんなわけで、以下は小説もアニメも全く知らずに観た感想。

●VR→AR
 とりあえず内容はわかったのでほっとする。
 小説「ソードアート・オンライン」は、FF11をはじめとするMMORPGの発展を背景に書かれた。未来のMMORPGではVRが活用され…という設定だ。
 映画「オーディナル・スケール」では、別のゲームが舞台となる。今度はポケモンGOにインスパイアされたのか、ARを活用したゲームとなっている。
 舞台が移ったので、これまでの話を知らなくてもついていける反面、VRやARといった技術については既知のものとして扱われており、素人お断りの映画となっている。決して作画の悪いアニメではないのだが、アニメの絵柄で、実景とARとVRの世界を描き分けるのはかなり無理がある。

●変化しないキャラクター
 小説やアニメでキャラクター性や人間関係が確立しているため、それを動かさない方向でストーリーが作られている。
 すでに英雄であるキリトが成長したり、アスナとの関係が危機に陥ったりという展開はない。

●記憶の危機
 過去の「ソードアート・オンライン」では、クリアしなければプレイヤーが実際に死ぬという危機があった。
 「オーディナル・スケール」にはそのような設定がない代わりに、アスナが「ソードアート・オンライン」の記憶を失っていくという危機が示される。ゲームではあるが、キリトとアスナが出会い、育んできた大切な時間。キリトはそれを守るために奔走し、戦う。
 守るべきものが命から記憶へと変わった。これが共感を得るかどうかがこの映画のカギとなる。例えば、一つのオンラインゲームを何年もプレイしているような人なら、その感覚が実感できるだろう。しかし、実際には、無料のゲームを次々に遊び散らし、大して思い入れもないという人も多い。キリトの心情に近づける観客は意外と少ないのではないか

●アイドル
 作中では、初音ミクのごときバーチャルアイドルが人気を博し、戦闘シーンをライブで盛り上げる。流行の要素をどん欲にとり入れた作りには恐れ入る。

時代性 10
アクション性 7
ドラマ性 3
個人的総合 5
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2017年02月21日

ドント・ブリーズ

 主人公は、空き巣に手を染めている若者3人。次の標的となる屋敷は、盲目の老人が一人で住んでいる。盗みは楽勝かと思われたが、この老人が元軍人で事態は一変。彼らは生きて逃げられるのか。

 このような、アイデアが目を引くホラー映画は要注意だ。勢いで撮って完成度が低いものがけっこうあるからだ。だが、「ドント・ブリーズ」は心配ご無用。よく出来ていて感心しきりだ。文句があるとすれば、よく出来過ぎていて、映画の枠をはみ出すような恐怖がないということくらいだ。
 観客の反応が、この映画の質を雄弁に物語る。休日の映画館は、カップルも多く、親子連れさえいて盛況だった。では上映中、館内は悲鳴に包まれたか。そんなことは全くなかった。この映画、化物も出なければ、グロい死に様も控えめで、絶叫ポイントには乏しいのである。逆に館内は、水をうったような静寂ぶりであった。主人公たちが息をひそめて老人から隠れるとき、観客もまた息を殺して注視する。そんな緊張感が館内を支配し、独特の一体感を生んでいたのである。家で一人で観たのではこうはならない。貴重な経験をさせてもらった。
 これは映画が観客の心理を見事に操っている証左で、カメラワーク、小道具、タイミングのいずれもが的確に決まっていればこその結果と言える。屋敷という限られた舞台を生かした作りは、ゲームのステージ作りにも大いに参考になりそうな気がする。

 個人的には、これで終わり、今度こそ終わり、と思わせつつなかなか終わらないので、終盤だれてしまったのが残念。まあこれはホラーのお約束みたいなものだが。なお、日本人からすると、主人公は共感できない犯罪者たちだが、デトロイトの低所得層という設定は超リアルで、アメリカ人が見るとだいぶ違うのかもしれないな。

ヒロインのしぶとさ 8
老人のしぶとさ 10
エンターテインメント性 7
個人的総合 6
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2017年02月18日

セトウツミ

 これを映画館でやろうという胆力がそもそもすごいわ。

 原作は、瀬戸と内海という二人の高校生がただダベっているだけのマンガ。これを何らスケールアップすることなく、そのまんま実写化した。映像的な見どころなんてはなっから存在しない。
 だがこれが面白い。映画だからといって長編向けのオリジナルストーリーなどを作らず、連作の短編としたことで、テンポよく内容が積み重ねられていく。連続ドラマを一気に見せられるような感じだが、キャラクターを十分浸透させることができていた。
 瀬戸と内海は、将来お笑いにでも進むんじゃないか、という軽快な掛け合いを見せる。これにプロのお笑い芸人などをキャスティングせず、菅田将暉と池松壮亮にやらせたのがまた良い。どちらも映画やドラマに出まくっている俳優だが、セトウツミではさえない素人の雰囲気を醸していて素晴らしい。
 この二人、「デスノート」の新作映画でも共演しているが、そちらではほとんど良い評判を聞かない。やはり役者も使い方次第ということか。

映像美 2
興奮度 3
センス 8
個人的総合 6
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2017年01月07日

ローグ・ワン

 絶賛している人も多い「ローグ・ワン」、個人的にはもう一歩だった。作中の反乱軍と同じで、スター・ウォーズファンも一様ではない。

 まず良いところ。外伝やスピンオフといった作品にありがちなショボさがない。宇宙に地上に、大規模戦闘シーンで盛り上がれる。
 ストーリーの狙い所がいい。EP4で、なぜデス・スターに弱点があり、設計図が反乱軍の手に渡っていたのかが明かされる。EP1〜EP3が、ダース・ベイダーがいかにして誕生したかという物語であったことを思うと、スター・ウォーズは結局のところ最初の作品であるEP4に回帰する運命にあるのかもしれない。
 また、EP4のキャラの扱いがいい。ダース・ベイダーは活躍するものの、その登場はわずか。レイア姫もちょっとだけ出る。キャラを出しまくればそれだけで売れるはずだが、「ローグ・ワン」はあくまで独立した映画。品性を損なわない範囲で人気キャラを出すバランス感覚がなかなか見事だ。

 一方で気に入らないところ。
 これはもう何の客観性もない個人の好みだが、スター・ウォーズにアジア人はいらない。私にとってのスター・ウォーズはハヤカワの翻訳小説と並ぶようなSFの古典なのであり、登場人物は西洋人と宇宙人だけでいいのである。「ローグ・ワン」では、座頭市のごとき盲目の戦士が活躍するが、彼一人だけが東洋武術の所作で浮いている。時代劇をモチーフにしてみたが、剣道とかよくわからないので、ライトセイバーを派手に振り回してみました、というアバウトさがスター・ウォーズのリアリティレベルなので、マッチしないのである。
 上記とも関係するのだが、「ローグ・ワン」ではリアリティが重視されていて、子供の妄想のような意匠の面白さがない。私がスター・ウォーズに期待するのは奇想天外なメカや宇宙人、そして風景だ。例えばEP7では、謎のパンだけでも面白かった。一方、「ローグ・ワン」は物語に関係のない描き込みが少なく、そういう遊び心が乏しかったように思う。デザイン的にも、EP4の直前という設定なので新規のものは出しにくく、既視感のあるものでまとめざるをえない窮屈さがあった。
 全スター・ウォーズの中でもトップクラスのきっちりしたストーリーを持つが、最も夢のない作品になってしまったように思う。

恒例のオープニング なし!
ファンサービス 8
予備知識必要度 6
個人的総合 6

他の方の注目すべき「ローグ・ワン」評
島国大和のド畜生 …なるほど、ガンダムで例えるか
ジョニーリンゴ …ターキン再登場の仕組み
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2016年12月18日

手紙は憶えている

間違っていたなら教えてください 今のうちに

 こうの史代が、「この世界の片隅に」の巻末に書いた言葉です。戦後70年が過ぎ、当時のことを憶えている人がいなくなっていく。その危機感が表れています。
 さて、映画「手紙は憶えている」もまた、ぎりぎり今だからこそ成立した物語です。主人公ゼヴは、アウシュビッツを生き延びた老人で、現在は介護施設で暮らしています。ゼヴは、同じ施設のマックスから一通の手紙を託されます。アウシュビッツで私たちの家族を殺したナチスに復讐せよ、手紙にはその手掛かりや方法までもが書いてありました。こうしてゼヴの旅が始まります。
 ゼヴは90歳の老人ですから、派手なアクションなど皆無。しかし、物語は極めてスリリングです。復讐相手の候補は、マックスの調査であらかじめ4人にまで絞られているのですが、真実にたどりつくまでの綱渡りがすごい。何しろゼヴは認知症で、朝起きると自分がどこにいるかも忘れてしまうのです。そのたびに手紙で思い出すので、まさに「手紙は憶えている」けど自分は忘れているわけです。さらに、どうにかたどり着いたとしても、相手が存命かどうかさえ危うい年齢なのです。
 予告では、〈ラスト5分の衝撃〉などと煽っていますが、伏線が丁寧に貼られているので、あらかじめ答えが見つかる人も多いでしょう。しかしそれによって本作の値打ちが下がってしまうことはなく、物語が組み上がる快感を十分に楽しむことができます。
 すべてを現在の映像のみで通し、回想シーンで説明や種明かしをしない演出も見事。この物語はフィクションですが、戦後が今の現実に続いていることを強く印象付けています。

スリル 10
衝撃  7
出演者平均年齢 最高齢
個人的総合 7
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2016年12月05日

この世界の片隅に その3

 観た後に何も残らない、という映画はあまり評価されないかもしれませんが、観た後に何かが残り過ぎる映画、というのもそれはそれで困りものです。「この世界の片隅に」が私の中心からなかなか離れてくれません。
 結果として、ネットの関連記事を読み漁って時間を費やすことになったのですが、その中から特に優れた論考をいくつか紹介します。

 すずさんが絵を描く場面について、アニメとマンガの両方を詳細かつ具体的に追った、圧巻の分析。何度も見直して確認したいけれど、それにはブルーレイの発売を待たねばならない!

 すずさんではなく、その右手が主役だとする新たな視点を提示。私は、エンドロール最後の「バイバイ」について、そこまでの流れと不似合いな気味悪さを感じていたのですが、なるほど、この考え方なら違和感がないですね。

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2016年11月26日

この世界の片隅に その2

 映画を見、マンガを読んで、さらに映画を見ましたが、「むむぅ」とか「ふへぇ」とか、言葉にならない感嘆しか出ません。

 一般に、マンガから映画を作る際は、テーマとなる部分を抽出した上で、内容を再構成します。ですので、キーとなるビジュアル以外は、マンガと別のものになります。メディアが違うのですから、それが普通です。
 ところが、「この世界の片隅に」は異常です。原作は上中下の3巻から成るのですが、特に上巻については、1コマ1コマ映画と比べたくなるくらい、忠実に再現されていて驚きます。いや、再現なんてもんじゃない。マンガでは表現できない音や動きの部分について、想像以上の補完を見せてくれるのです。

 さらにこのマンガ、映画には全く向かない形式なのです。すずさんの日常を描き、短いページでオチをつけていく。戦時下であることを除けば、「サザエさん」や「ちびまる子ちゃん」のようなマンガなのです。さらに、マンガはかなり自由で実験的。隣組の歌だけで一話消化したり、料理を説明するだけの回があったり、サイレント形式になったり、いろはがるたの回もありました。これらをほとんど端折ることなく組み込んで、映画を成立させているのはとんでもないことです。
 映画の時間は限られています。ですので、マンガから重要なエピソードをかいつまんで…となるはずです。しかし、「この世界の片隅に」は、日常の積み重ねこそが肝であり、本筋とサブストーリーというような構造がありません。結果、映画では詰められる限り詰め込むという方法になりました。初めて見たときは気が付かなかったのですが、マンガを読んでから見ると、テンポが早く感じます。マンガでののんびり感覚から一転、映画は怒涛の勢いでエピソードを駆け抜けます。
 同じ戦時中を扱ったアニメということで、「火垂るの墓」がよく比較の俎上に上っているようですが、むしろ同じ高畑監督の「ホーホケキョ となりの山田くん」こそ比較の対象とするべきではないでしょうか。

 一方で、マンガと異なる部分もあります。白木リンをめぐるストーリーは、その多くが削除されています。このような場合、多くの映画では、削除された部分が気にならないように、他の部分を調整しています。ところが、「この世界の片隅に」は違います。破いた手帳や、口紅など、削除したストーリーにまつわるアイテムがそのまま残っており、小さな謎として気にかかるのです。
 片渕監督は、「原作をぜひ読んでほしい」と色々なところで言っています。おそらくこれは、そのための仕掛けなのでしょう。私はまんまと引っかかり、マンガによってわかったことがいくつもありました。

 エンドロールで描かれる後日談が、多くの人を感動させています。数枚のラフなイラストです。これをアニメにしなかったところにも、こだわりを感じます。マンガにない物語は本編に含めない。多分そういうことなのでしょう。
 続く、クラウドファンディングの支援者リストでは、ようやく下半分の画面で描かれる物語を追うことができました。一回目の鑑賞では、つい自分の名前を探してしまって、下が見られなかったものですから。
posted by Dr.K at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画一刀両断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする