2017年11月11日

ブレードランナー2049

 完膚なきまでに続編だった。
 なにしろ前作から30年以上経っている。「続編」と宣伝されていても、新作から観て大丈夫、というふうに作られている方が普通だ。だが、「ブレードランナー2049」は違う。明らかに前作を観ておく必要がある。

 30年の間に、映像表現は進歩した。であれば、「ブレードランナー」の名を借りたアクション大作になってしまっても不思議はなかった。だが、「ブレードランナー2049」はそうならない。前作が提示した思考実験をきちんと受け継ぎ、ゆったりと間を持たせ、もの悲しい展開もそのままだ。昨今の映画の中では、かなり異質の仕上がりと言うしかない。

注:以下にネタバレを含む

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2017年10月21日

ブレードランナー

 公開迫る「ブレードランナー2049」。「ロボコップ」や「トータル・リコール」のようなリメイク作品かと思い込んでいたのだが、実は続編であると知り、おさらいのため旧作を観ることにした。

●実はそれほど未来ではない
 冒頭、「ロサンゼルス、2019」。再来年じゃないか、おい。この頃、レプリカントと呼ばれる人工生命が作られ、奴隷として使われていた。反逆、脱走したレプリカントを捕えるのがブレードランナーだ。

●実はアクション映画ではない
 人間VSレプリカントとなれば、激しい戦いが期待できそうなもの。確かに、作中のレプリカントは人間を超える身体能力を発揮する。しかし、印象に残るのはもの悲しさ。古びた写真に象徴される記憶や、全編にわたって降り続ける雨もあって、非常に情緒的な印象を与える映画だ。手塚治虫のSF作品にどこか通じるところがある。

●実は凄腕ではない
 主人公のデッカードは、凄腕のブレードランナーとして、今回のレプリカント狩りを依頼される。演じるのは若き日のハリソン・フォード。しかし、「インディー・ジョーンズ」のような痛快アクションは見せない。
 とにかく悪戦苦闘が続くのだ。ターゲットを見失いそうになるし、殺されそうになるし、最後の戦いでは全く優勢な場面がない。主人公でありながら、レプリカント側とは異なる非力さを感じさせる。
 そして結末では意味深な謎を残すのだ。

 この続きが明らかになって、面白いのかがっかりするのか。「2049」はぜひ観ようと思う。

世界観 9
アクション度 5
レトロ感 8
個人的総合 6
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2017年10月07日

スイス・アーミー・マン

 無人島で、孤独に絶望して首をつろうとしているハンク。そこへ一人の男が流れ着く。「人だ!」と一瞬喜ぶハンクだが、返事がない、ただの屍のようだ。がっかりしてやっぱり死のうとすると、死体が激しくガスを噴き出し、沖へ進みだした。ハンクは慌てて追い、死体にまたがる。ジェットスキーのように海を駆ける死体、そこへ最高のタイミングでタイトルが出る。「スイス・アーミー・マン」。ハリー・ポッターでおなじみのダニエル・ラドクリフが全編にわたって死体を名演する。

(以下に結末を含むネタバレあり)

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2017年09月27日

夕凪の街 桜の国

 10年も前に公開した映画を、なぜ今頃観たのかというと、ひとえに映画館の素晴らしい企画のおかげ。神戸新開地のパルシネマが、「この世界の片隅に」との二本立てを上演。こうの史代原作作品が並ぶ機会など他にあるまい。

 「夕凪の街 桜の国」は、公開当時賛否がわかれた作品だ。昭和30年代を舞台にし、麻生久美子演じる皆実が儚く命を散らす「夕凪の国」が高く評価されるのに対し、現代を舞台に田中麗奈演じる七波が主役の「桜の国」は今一つの評判だった。そもそも、原作を知らない人には、二部に別れた物語はかなり唐突で違和感があったようだ。
 だがその評価は誤りだ。「夕凪の街」は、被爆者本人が原爆を告発するという内容で、麻生久美子の迫真の演技により胸に迫る物語となっているが、内容としては他にもよくある話なのだ。一方で、「桜の国」は、現代っ子の目線で問題を掘り起こしており、原爆を過去の遠くにあった出来事として風化させない仕組みとなっている。映画では、なぜか七波と東子がラブホで休憩し、プリンセス・プリンセスの「ダイアモンド」を歌うシーンがある。公開当時は余計な場面と言われたが、今観ると、この物語の「現代」がどこにあるのか、はっきりわかるという点で意味のあるシーンになった気がする。

 何より、「この世界の片隅に」と併せて観ることで、こうの史代本来の作風は「桜の国」の方であり、「夕凪の街」の方が力みかえった異色作ということが伝わるのが良い。滑稽でダサい「桜の国」が、これで少しでも評価を回復できれば、と思う。とはいえ、吉沢悠演じるイケメンの打越さんが、歳をとって田山涼成に変わってしまうシーンはどうしても笑っちゃうんだけど。

麻生久美子 熱演
田中麗奈 コミカル
堺正章 飄飄
個人的総合 6
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2017年09月25日

ダンケルク

 ユニークな映画だ。ストーリーらしいストーリーはなく、臨場感たっぷりの戦場を体感させる。題材は異なるが、「ゼロ・グラビティ」と近しいものを感じた。
 その独自性は、視点によるもの。戦場は、陸海空、それぞれの場面から立体的に描写される。陸は、必死に撤退しようとする一人の若い歩兵。海は、救助に向かおうとする一艘の船。空は、わずか3機で敵に立ち向かう戦闘機。彼らの小さな奮闘が克明に描写されるが、戦況の全貌はいつまでも見えてこない。
 このような、かつて実際にあった戦いを描いた作品では、歴史家の視点や指揮官の視点などを用い、戦況や作戦を俯瞰することが多い。わかりやすく解説するためだ。だが、「ダンケルク」はそのような視点を意図的に除いている。結果として、観客は当事者である主人公と同じようなはっきりしない状況に放り込まれ、異様な臨場感を感じることになるのである。
 撤退という危機的状況の中、すぐそこまで迫っているはずの敵はいつまでも姿が見えない。この不気味な閉塞感は体感する価値がある。派手な戦闘シーンもなければ、残虐な演出もない。それでも戦場の描写として成立しているのが面白い。

ストーリー性 2
キャラの区別 2
臨場感 9
個人的総合 7
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2017年08月26日

ラ・ラ・ランド

 渋滞の道路の喧騒が音楽に変わり、ドライバーたちが踊りだす、これぞミュージカルというオープニング。底抜けに明るく、現実感の乏しい演出で観客をねじ伏せますが、騙されてはいけません。それは全部まやかしですから。

 女優志望のミアは、オーディションに落ち続ける日々。演じるエマ・ストーンが何とも絶妙で、本当にヘタそうに見えるんですよね。ルームシェアをしているらしい友達が、ステレオタイプの美人女優ばかりなのに対し、圧倒的に個性的な顔でキャラが立っているのもうまいです。
 一方、ピアニストのセブは、ジャズの店を持つことが夢なのですが、こだわりが強すぎて仕事をクビになります。
 この二人が出会い、恋をし、すれ違い、という王道のラブストーリーが展開します。
 映画で美男美女がいちゃいちゃしていると、いたたまれない気持ちになることがありますが、ミュージカル演出だと普通に見られるからありがたいですね(笑)

注:以下に結末までのネタバレを含みます

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2017年07月25日

カーズ2

 一作目が王道のストーリーだったため、何の警戒もせず見てみたら、これがもうとんでもない怪作。

 まず、冒頭の潜入シークエンスで大いに笑う。車がワイヤーアクションを使いこなし、柱をよじ登り、あげく水中形態に変形。こりゃまたインパクトのあるプロローグだな、と感心していたら…
 なんと、それがそのまま本編だったのである。
 今作ではライトニングは主役の座を降り、メーターを中心にしたスパイものとなっていたのだ。いやいやそりゃないぜ。前作のファンなら、ライトニングのさらなる活躍こそ見たいはず。スター・ウォーズの続編を見てみたらジャージャー・ビンクスが主役だった、というのと同じくらいの暴挙である。
 また、前作がきちんと車ならではのストーリーになっていたのに対し、今回はその必然性に乏しい。それ車でやる必要あるの、という状況が連発し、プロローグで笑っていた私もだんだん真顔になってしまった。「1」が車を擬人化した映画だとするならば、「2」は人間を擬車化した映画だ。真犯人がわかるまでの間、きちんと伏線が積み重ねられており、スパイものとしての完成度が高いのが余計に腹が立つ。
 現在劇場で公開中の「カーズ クロスロード」は、ライトニングのレースを中心にした物語に戻っているようなので、「2」がなぜこんな寄り道をしたのか、不思議でしょうがない。

意外性 10
娯楽性 8
必然性 1
個人的総合 4
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2017年07月23日

メアリと魔女の花

 ジブリを飛び出し、スタジオポノックを立ち上げた米林宏昌監督。心機一転、これまでと違うものを作るかと思ったらさにあらず。ジブリ時代の集大成のような作品をぶつけてきた。
 「魔女宅」のように飛び、「ラピュタ」のような旅をし、大学は「千と千尋」のような舞台で、敵は「ポニョ」や「ハウル」で見たようなデザイン。おまけに声は「アリエッティ」や「マーニー」で聞いたことがある俳優ときたもんだ。よそのスタッフがやったら到底許されないが、これでパクりと言われないのが米林監督率いるポノックの強みだ。宮崎駿監督が作らなくなって久しい、直球の冒険活劇、アクション映画を見せてくれたのは素直に良かった。
 しかし残念なことに、見た目に反してスケール感に乏しい。
 米林監督の過去の作品、「アリエッティ」は一軒の家が舞台。「マーニー」もお屋敷とその周辺くらい。なので、少ない登場人物で話がまとまっていた。一方、「メアリと魔女の花」は、人間界と魔女の国とが交差する「ハリーポッター」に比すべきスケールの話のはず。それなのに、登場人物が極端に少なく感じるのだ。
 理由は、圧倒的なモブの薄さ。メアリの周囲に、村の住人らしき姿がほとんど認められない。魔女の大学に至っては、学生の顔の区別もつかない。他人がいないから世界観に厚みが出ないのだ。これが宮崎駿監督なら、「ラピュタ」の炭鉱の町、「もののけ姫」のタタラ場、「ハウル」の異国の街に至るまで、ありとあらゆる場所が人で満たされ、物語に影響のないモブでさえ一人一人個性を与えられていたわけで、そうした手のかかる描写があればこそ、世界は生きたものとなりスケールの大きさを感じさせたのだ。
 何のとりえもないメアリが、魔法を褒められて調子に乗ったり、つい嘘をついてしまったり、一人称的な心理描写には長けた作品と感じる。しかし、魔法を「手に負えないエネルギー」と表現し、原発事故と重ねたメッセージを発するのはまだ早かったようだ。

既視感 8
スケール感 3
ネコの存在感 9
個人的総合 5

他の方の「メアリ」評
忍之閻魔帳 …辛口!
琥珀色の戯言 …普通

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2017年07月11日

美女と野獣

 恋愛ものは苦手で、女性視点だとさらに苦手。というわけで、観に行くまでにかなりの逡巡があった「美女と野獣」ですが、なんということでしょう、アニメ版より見やすいじゃないですか。

 原因は、実写版での作り足し。大筋はアニメ版の通りなのですが、開始早々王子様が登場。野獣になるまでの経緯が映像化されます。おいおい、いきなり正体わかっちゃうじゃん。観客のほとんどが結末を知っているという前提の、大胆な改変となっています。また、中盤では、王子が早くに母を亡くし、冷酷な父王に育てられたという背景が語られます。
 総じて、野獣の視点に立った描写が補強されており、ベルが主役ではあるのですが、野獣の側にも自然に感情移入できる筋運びとなっています。魔法で獣にされる、なんて設定はおとぎ話でしかありませんが、過去の過ちにより本来の生き方ができていない、と見れば思い当たる人も多いはず。共感できる人物に仕上がっています。なお、対比的に、ガストンの方はアニメ版よりクズ度がパワーアップしています。
 一方、ベルの方もエマ・ワトソンが演じるせいか、乙女というよりは非常に男前なキャラで、好感度が高いです。双方が良い人物なので、ハッピーエンドを素直に喜べるのがいいところ。
 ストーリーは知っている上に、前半はゆったり進みますので、ちょっと心配したのですが、後半はしっかり盛り上がるあたりさすがです。

 なお、ちょいちょいゲイの出番があるのは、性的マイノリティへの配慮かと思われますが、ギャグ扱いされ過ぎていて、悪目立ちに感じられます。いらんなあ。

CG技術 9
音楽  9
風格  8
個人的総合 7
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2017年05月30日

ライオン 25年目のただいま その2

 迷子になったサルーは、施設に保護されるが、その環境は劣悪。オーストラリアに住む裕福な夫婦、ジョンとスーに養子としてひきとられることで、どうにか無事に育つこととなる。観客は、サルーの危険に満ちた足跡を観ているので、ああよかった、という感想が先に立つが、一つ重大な謎が残る。
 夫婦はなぜ養子をとったのか。
 この夫婦は、サルーを迎えた一年後、さらにマントッシュを養子にする。マントッシュは虐待のトラウマを抱えており、ジョンとスーを大いに困らせる。サルーとマントッシュの仲もまた、うまくはいかない。
 単に子供が欲しいのであれば、わざわざインドから、訳ありの子供を預かる必要などない。

(以下に、物語の核心となるネタバレを含む)

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