2017年12月02日

「クジラの子らは砂上に歌う」第八節

 スキロスの警備が薄いのは罠だった。チャクロたち潜入メンバーは、ヌースの間で待ち構えていた敵に壊滅的な打撃を受ける。一方、泥クジラでは、スキロスの兵によって民が次々に殺されていた。

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 敵のお偉方が登場して、真相に触れそうな話題がちらほら。しかし、チャクロが主役でありながら無力で、頼りのオウニも捕まってしまい、本筋があまり進まない。
 今回は何といってもリョダリ。性格の理由がついに明らかになる。他の子供のように、ヌースに感情を食べてもらえず、異常な子として疎まれて育った。(ヌースの感情が)逆流した、という言葉も聞こえ、何か今後の展開のカギになるかもしれない。
 シュアンとの戦いに敗れたリョダリは、その場を逃げる。止めを刺そうとするシュアンをオウニが制止する。リョダリの過去を見てしまったオウニの、慈悲深い判断だったはずだが、結果として、リョダリは泥クジラの子供たちによってもっと惨い最期を遂げることになる。
 リョダリは、感情のない敵兵の中にあって、一人だけエキセントリックな行動をとり、見た目も派手だ。こういうキャラは、何度も主人公の前に立ちふさがり、因縁を深めていくことが多い。ところが今回、あっさり退場してしまったので驚いた。再登場の可能性はあるだろうか。過去の物語で言えば、海に落ちた人物は、実は生きていた、となることが珍しくない。果たして砂の海に没した彼はどうなのか。
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2017年11月22日

「クジラの子らは砂上に歌う」第七節

 ついに攻めてきたスキロスの兵士たち。泥クジラの住民は、選抜メンバーをスキロスに乗りこませ、その中枢であるヌースを攻撃して状況を打開しようとする。

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 物語も中盤、世界観もかなり明かされてきたものの、相変わらず謎が多い。
 交戦開始の前、突然エマが歌い踊り始める。彼女の存在は謎に包まれているが、今回の行動で、神か精霊か巫女か、神的な役割が想像できた。これがゲームだったら、泥クジラ側に一時的なステータスアップでもありそうだが、残念ながらそういう効果はない。もしかすると、スキロスのヌースと霊的なコミュニケーションをとっていたのかもしれない。
 一方、敵側のリョダリも謎多き人物だ。他の作品を見れば、悪役で彼のように殺戮を楽しむ異常者はそれほど珍しくない。しかし、冷静で穏やかな人物がほとんどのこの作品の中では、彼の存在感は突出している。何より、ヌースに感情を明け渡しているはずの帝国軍の中で、なぜ一人だけエキセントリックな性格を保っていられるのだろうか。次回、団長と戦うのだろうが、あっさり死んだりせずに、謎を明かしてくれることを希望する。
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2017年11月04日

アサイ「木根さんの1人でキネマ」4巻

kinesan4.jpg 面白いことは面白いんだけど、妙な安定感。たった4冊続いただけのマンガとは思えない。どうやら、有名映画をなぞることよりも、映画好きあるあるを突き詰める方向へ行った模様。夢も希望もない「トイ・ストーリー」回が秀逸。

 さて、マンガは安定しているが、心配なのは連載媒体。
 このマンガは、もともとは「ヤングアニマルdensi」に載っていたWebコミックだ。ブラウザ上で最新作がタダで読めてしまうので、本でわざわざ買う私のようなもの好きがどのくらいいるか、当初から不安材料だった。しかし、幸いにもセールスはそこそこ良いようで、巻を追うごとに書店での扱いが大きくなっている。
 ところが、今年になって「ヤングアニマルdensi」は運営を終了してしまった。木根さんも後継となるサービスの「マンガPark」に連載を移した。「マンガPark」は、スマホやタブレットのアプリである。私はスマホではマンガを読まないので、今後は本になる前の作品を知る機会がなくなりそうだ。
 アプリの市場は、紙の雑誌以上に変化が激しく、先行する他のマンガアプリに負けて突然連載が打ち切られたりしないか、それが目下の心配である。
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2017年10月29日

諸星大二郎「BOX 〜箱の中に何かいる」3巻

morobox3.jpg 諸星流サバイバルホラー、これにて完結。「西遊妖猿伝」の連載再開、期待していいんでしょうか。

 さて、この結末、「箱」の主が絵として明示されなかったことに賛否があるようです。気持ちはわかります。この世のものと思えないクリーチャーは、諸星先生の得意とする題材ですからね。
 「箱」は、因果を食らい、記憶を奪います。主人公たちが憶えていないから姿が明かされなかったのでしょうか。いや、そもそも姿などなかったのかもしれません。
 「箱」の行いは、神のようでもあり悪魔のようでもあります。「箱」は、人々を誘い込んでパズルを解かせます。魔少女は、「箱」が自らの意志でパズルを進化させたと説明します。そのときのコマには、知恵の輪や組み木といった古典的な遊び道具と一緒に、ファミコンやVRが描かれています。
 遊びを進化させる「箱」。それはコンピュータそのものです。であれば、諸星先生が主の姿を描かなかったことにも合点がいきます。毎日そこにあるのですから。私たちは知らないうちに因果を奪われ、別の世界へ戻されているのかもしれません。
 始まった時は、「CUBE」のような限定状況下の物語かと思われましたが、やっぱり最後にはスケールの大きな想像へと導かれる。諸星作品はこれだからたまりません。
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2017年10月24日

「クジラの子らは砂上に歌う」第三節

 浮島での、閉鎖された、しかし穏やかな暮らしは突如として崩壊した。外の世界から現れた兵士たちに、泥クジラの民はなすすべもなく虐殺されていく。

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 惨たらしい殺戮が描かれるが、不思議なほどスピード感がない。
 仮面の敵はゆっくり近づき、何の抑揚もなく武器を振るう。感情を奪われたアパトイアなので、普通の人間とは違う、ということなのだろうか。
 一方、泥クジラの民はというと、こちらも素早く逃げない。外のことを全く知らず、危機が理解できていないのだ。オウニの仲間たちが、ヤンキーのように兵士に言いがかりをつけに行ってしまう浅はかさに、そのことが端的に表れている。長老たちに代わって民を守る立場であるスオウも、長であるタイシャ様が殺される事態であるにも関わらず、話し合いで事を収めようとし、戦うつもりがない。オウニのみが、見事な戦いぶりを見せるが、周囲はヒーロー扱いせず、野蛮な者として忌避する。
 アニメなのにカタルシスがなく、もどかしい。
 この閉塞感は、ミサイルを突き付けられていても反撃一つできない日本の現状そのままであると感じる。マンガの連載から数年、このタイミングでアニメ化したことも、時代の要請なのかもしれない。
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2017年10月11日

「クジラの子らは砂上に歌う」第一節

 世界を覆いつくす流砂の中、人々は「泥クジラ」と呼ばれる浮島で暮らしていた。チャクロは、ここで記録係をつとめる少年。ある日、接近してきた他の浮島を探索中、謎の少女と出会い、連れ帰るが…

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 「クジラの子らは砂上に歌う」。今期期待のアニメである。原作のマンガは未読。独特の美術で表現された背景が印象的だ。
 アニメやマンガでは、ヒーローにせよヒロインにせよ、個性的なキャラが物語を牽引するタイプのものが多い。その方が興味も持たせやすいし、キャラ人気が出れば商売にもなるからだ。
 だが「クジラ」はそうではない。チャクロはおとなしく能力も乏しい。記録係なので、客観的に物事にあたろうとする。それによって、世界観の方が主役として浮き上がるという仕掛けだ。こういう世界の謎が中心になっている物語は、個人的には大好きなので、この調子で地味〜に進めていただきたい。
 深刻になり過ぎるのを嫌ってか、所々で挿入されるずっこけギャグが邪魔に感じた。とにかく雰囲気がいいので、少々まじめ過ぎようが、そのまま浸っていたい気がする。
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2017年08月17日

諌山創「進撃の巨人」23巻

 どういうこった、馴染みのキャラ全然出てこねえ!

singeki23.jpg 22巻で、壁外の世界がどうなっているか判明した「進撃の巨人」。
 それを受けて、23巻は壁外編とでも言うべきストーリーになる。新しい人物が続々と登場し、新しい巨人も登場。かつてない新展開に、違うマンガを読んでいるような感覚に陥る。ここで壁外の世界の事情を十分に説明し、やがて起こる壁内との戦争がクライマックスとなるのだろう。こういう大胆な構成は嫌いではない。
 問題は、そうなるまでに、いったいどれだけかかるのかということで、壁外編に何冊も費やすようだと、完結がどんどん遠のいてしまう。以前どこかで、諌山先生が、20冊くらいでの完結を言っていたような記憶があるが、もうそのつもりはないのだろうか。
 結末までアニメ化してほしい作品なので、変な方向に進んで失速しないか気がかりだ。
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2017年08月15日

「ありがとう、うちを見つけてくれて」

 本日は終戦記念日。

konosekafan.jpg だからというわけではないですが、「この世界の片隅に」の公式ファンブックをうたう「ありがとう、うちを見つけてくれて」を読みました。
 内容は、マンガ家によるアンソロジー、監督や声優へのインタビュー、タレントによる寄稿などです。

 マンガ家では、ちばてつやや高橋留美子といった大御所も参加していますが、突出していたのは鈴木健也。
 こうの史代の画風を再現しつつ、「この世界」の後日談となるエピソードを描いています。こうであってほしい、という続きを見せてくれており、しかも「マイマイ新子」へのオマージュになっているという、技ありの一本。ふだんは「おしえて!ギャル子ちゃん」を描いている人の仕業とはとても思えません!
 憑依芸ということで言えば、田中圭一がいますが、今回ばかりは分が悪かったようです。

 文章の方では、熱烈すぎてただのファンに成り下がっている歌広場淳がおかしかったです。それぞれに作品の分析やファンとしての好意を述べており、微笑ましいのですが、竜騎士07、てめーは全然ダメだ。
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2017年08月07日

手塚治虫展にびっくり

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 神戸ゆかりの美術館で開催中の「手塚治虫展」に行ってきました。この美術館を訪れるのは今回が初となります。

 こういう展示会では、パネルを眺めるくらいはしても、映像展示を終わりまで見届ける、なんてのはなかなかできないものです。しかし、今回は開館時間ぴったりに行ったこともあり、会場が空いていたので、すべてをじっくり見ることができました。
 「手塚家の8mm」。幼少時の手塚治虫が映っている、8mmフィルム映像です。もっと後の時代ならともかく、当時はこんな撮影機材を個人で持っている家は少なかったのではないでしょうか。お父さんの先進的な趣味が、手塚に影響を与えたのでしょうね。
 「虫プロダクションのスタジオ風景」。国産初のTVアニメである「鉄腕アトム」のメイキング映像です。今と比較すると何もかもが手作業で、とても面白いです。絵の速さ、鮮やかさに職人芸を感じます。番組の演出かもしれませんが、若い人が皆で楽しそうに働いているのも感慨深いです。アニメは最先端の職場だったのでしょうね。
 「手塚治虫伝 マンガ編」。これは、宝塚の手塚治虫記念館で上映されていたものですね。開館当時に一度見たきりでしたが、こんなところでまた観ることができるとは思いませんでした。

 以上、オーソドックスな内容ながら、それなりに満足して帰ると…

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2017年06月22日

「進撃の巨人」37 叫び

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「まだかな」

 早くも最終回となったアニメ2期。戦いのアクションも良ければ、ミカサのヒロインぶりも良い。途中の割にはきりも良く、文句の付けようのない完成度であった。
 さて、ラストシーンに現れたのは、獣の巨人。巨人サイドの黒幕と目されるキャラであり、「まだかな」というセリフは、こいつがエレンたちとの対決を待っているという意味にとれる。
 だが、ここまでの放送を楽しんできた我々としては断然、「続きはまだかな」という気分。おそらく、制作側もその意味を重ねるつもりで、原作にないセリフを入れたのだろう。
 CM明け、いつもなら予告が出るタイミングで、その回答が出た。
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やった〜、3期決定! この場面が出るということは、もう原作の最後まで追うことはほぼ決まり。今期が良かったので、続きのクオリティには期待しかない。来年は「まだかな」!
posted by Dr.K at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 手塚治虫 変容と異形 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする