2026年06月06日

鉄コン筋クリート

 「パプリカ」が公開20周年ということは、この映画も20周年なのである。というわけで、リバイバル上映を観てきた。

 物語の舞台は「宝町」。大阪の新世界をもっと無国籍にしたような感じの場所だ。クロとシロという親なし子が、無邪気に遊びまわっているが、実は彼らこそが、子供ながらに町を仕切っている「ネコ」である。一方、「蛇」を筆頭とするならず者が宝町を再開発し、怪しいレジャー施設を営業しようとしていた。配下の殺し屋がクロ・シロに襲いかかる。

 面白いアクションゲームをプレイするかのような映像だった。宝町は雑然として立体的なステージであり、クロ・シロは縦横にそこを駆け抜ける。高空からの大ジャンプが特に印象的だった。小さな子供が、地の利を活かしつつ無敵の殺人マシーンと渡り合うのもゲーム的だ。
 逆に、「ネズミ」らヤクザ者のドラマは、昭和の作品のように古臭いのが面白い。
 物語の軸となるのはクロとシロの関係性だが、結局よくわからないけどまあいいか、で済んでしまう。映像があまりにも饒舌すぎるのだ。
 声に俳優を起用すると、がっかりするような事があるが、本作の蒼井優は見事。おそらく知的障害と思われる、シロを完璧に演じている。
 アニメ映画通を自称するなら、避けては通れない作品なので、これを機会に観ることが出来て良かった。

スピード感 7
立体感 8
異世界感 9
個人的総合 5
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2026年05月30日

銀河鉄道999 エターナル・ファンタジー

 名古屋で開催中の「松本零士展 創作の旅路」に合わせて、YouTubeで劇場版「銀河鉄道999」が3作とも無料公開されている。(6/7まで)
 「銀河鉄道999」「さよなら銀河鉄道999」は、リバイバル上映の劇場で観た。しかし、「エターナル・ファンタジー」は未見だったので、ありがたく視聴する。
 感心したのは、アニメーションの質の高さ。松本零士そのままの絵が、丁寧に動かされている。
 一方で、ストーリーの面では不完全燃焼。そもそも完結していない。機械化人に代わる新たな敵勢力が現れるが、実際に登場するのはヘルマザリアくらいで、その全貌は全く不明なままだ。銀河系の消滅という大きすぎる犠牲を、鉄郎が生きていれば地球もまた不滅なのだ、と主人公一人に負わせる考え方が、特に古臭く感じた。当時、すでに「エヴァンゲリオン」の登場でアニメの風向きは変わっていた。従来の男らしさを否定するシンジの方が、新しい時代にマッチしたと言える。
 エンドロールに驚きが待っていた。なんと、細田守が一原画家として参加。どの部分を描いていたのだろう。翌年、初監督作品となる短編「デジモンアドベンチャー」が公開される。そして、監督は宇田鋼之介。私が昨年のベスト映画に選んだ「ゾンビランドサガ ゆめぎんがパラダイス」の総監督となる人である。メタノイドが、佐賀を襲ったエイリアンたちと重なって見えてきた。
 なお、いつまでも完結しないという意味で使われる〈エターナる〉の語源はこの作品ではない。

懐古度 9
松本忠実度 6
大風呂敷度 10
個人的総合 5
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2026年05月24日

今日からぼくが村の映画館

 シストゥは、アンデスの山奥で暮らす9歳の少年。父母は農業や牧畜を営み、姉は都会へ稼ぎに出て音信不通である。ある日、シストゥは麓の村に移動映画館が来ていることを知る。初めて観る映画に、シストゥは心を奪われる。

 「ニュー・シネマ・パラダイス」「リトル・ランボーズ」「エンドロールのつづき」…。映画との初めての出会いを描いた作品はこれまでもあったが、今回は舞台がペルー。インディオの暮らしぶりだけでも珍しく、まるでドキュメンタリー番組だ。

注:以下、ネタバレあり

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2026年05月17日

アメリと雨の物語

 1960年代、神戸のお屋敷に、ベルギー人外交官の一家が住んでいた。そこで生まれたアメリの3歳の日々を描く。

 子供から見た生活は、日々が発見にあふれている。その感動をアートな感覚で表現しており、さすがフランス製アニメ、と感嘆する。アメリの立場では日本が祖国となるが、所々で漏れ出る異国感が面白い。物語は、アメリとお手伝いのニシオさんとの交流を軸に、戦争が落とす影にも触れながら進んでいく。
 子供視点の物語は、他にもたくさんある。しかし、3歳という幼さは異例である。さらに特徴的なのは、アメリの内面描写で、外から見ると小さい子のよくある行動なのだが、その考えは特殊なのだ。何しろ生まれてすぐ、彼女は自らを神であると自覚する。何も知らない赤ん坊のはずなのに、神とは何かという概念に確固たるものがあり、おかしいと思った…のは、私が信者ではないからだろう。キリスト教徒にとっては、神の存在は自明のものであり、だからこそアメリの自覚もまた当然のことなのだ。これはまずい方向に話が進むのでは、と警戒したが、以降はそうでもなくてほっとした。
 アメリには兄と姉がいるが、どういうわけか傍観者程度の関わりしかなく、もっぱらお手伝いのニシオさんと過ごす。ニシオさんが戦争体験を話すシーンは圧巻だった。直接的な映像は全くなく、料理の仕草が禍禍しく内容を想像させるのだ。
 最後に一つだけ間違いを。当時の日本をかなり厳密に描いている本作だが、セミが鳴いているシーンで、見た目が多分アブラゼミなのに、鳴き声がツクツボウシだった。これはさすがに難しかったか。

アート性 9
時代考証 8
独自性 7
個人的総合 6

他の方のレビュー
みじんコ:絶賛評
つまらな人間日記:人間になる。
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2026年05月10日

北極百貨店のコンシェルジュさん

注:この記事すべてネタバレ

 観てどんな気持ちになったらいいのか、とっても困る映画。
 ストーリーは簡単。「北極百貨店」の新人コンシェルジュが、お客様からの難題に応えるべく奮闘する。客がすべて動物、というおとぎ話的な世界観ではあるが、とてもきちんと作られた〈お仕事ドラマ〉だ。子供だったら、ユニークなビジュアルだけで喜べそうである。
 しかし、途中で明かされる「北極百貨店」の由来が怖い。お客様はすべて絶滅した動物であり、店は彼らをもてなすために作られたというのだ。だとすると、この場所はおとぎ話どころかあの世ではないか。楽しいストーリーとヤバい設定の温度差で、感情が風邪をひきそうになる。
 結末で、幼い子供が迷い込み、コンシェルジュとして自信を持った主人公と出会う。オープニングと同じ場面である。映画の冒頭では、この出会いによって憧れを持った少女が、長じてコンシェルジュになったかのように見えたが、違ったのだろうか。何しろあの世なので、自分の将来に自分で出会った、というオチなのかもしれない。
 ここで気になるのが、人間の少女が「北極百貨店」に来た事実。あれ? これって人間絶滅してる? エンドロールで百貨店の外観が見られるが、周囲は他の建物一つない樹海だった。究極のディストピア作品に出会ってしまったのかもしれない。

ビジュアルの曲者度 7
ストーリーの曲者度 2
設定の曲者度 10
個人的総合 5
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2026年05月04日

ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー

 イルミネーションによるマリオ映画第2弾。大したストーリー性などないにも関わらず、ゲームをプレイした思い出をくすぐられ、楽しい時間がずっと続く。この映画でしか味わえない体験だ。

●再びCMのマリオ
 今回も、上映前に特別なCMが流れる。相変わらず素晴らしいので、DVDが出るときにはぜひ収録してほしい。始まる前から気分が盛り上がる。

●ヨッシーとマリオ
 前作はヨッシーの卵を見せて終わった。ヨッシーが出るなら次は「スーパーマリオワールド」だな! と思っていたらいきなり「ギャラクシー」なので驚いた。それどころか、ヨッシーと出会う砂漠の町は「オデッセイ」。未プレイで気付いていないが、「ワンダー」のネタもあるらしい。ずいぶん新しいところまで題材になっている。ヨッシーのここまでを駆け足で済ませ、あっという間に旧知の仲のようになるのが笑える。

●ピーチとマリオ
 マリオが英雄になるまでを描いた前作と違い、今度の主役は明らかにピーチ。ロゼッタを助けに行くという明確な目的があり、その過程でピーチの出自が明かされる。マリオはピーチについていく補助的なポジションに留まっており、脇道で数々のゲームネタを披露する役目となっている。マリオの活躍を期待すると、ちょっと物足りないという感想になる。

●クッパとマリオ
 わかりにくいところなどない、明解なストーリーだが、私ははからずもクッパに翻弄された。こんな奴が改心するはずがない、と思っていたら本当に味方になる意外性。子供向けだから性善説なのかな、と自分を納得させていたら、ジュニアとの再会で父の威厳を取り戻すべく、大魔王に戻る。この変節への逡巡がけっこうしっかり描かれていて、とても気になる父親像になっていた。

●フォックスとマリオ
 フォックスが登場することは事前に知っていたが、顔見せ程度だろうと思っていた。ところが、ほぼメインキャラと言っていい大活躍。しかも2Dアニメの紹介付きだ。「スターフォックス」は、一作目しかまともにプレイしていないが、テーマ曲が流れたのに感激した。

●ギャラクシーだけじゃないマリオ
 ジュニアはマリオをトラップにかけるが、これが「マリオメーカー」を模しているのに感心。このゲームのプレイヤーなら誰もがああやってマリオをいじめた経験があるので、実にうまい使い方だ。一方で、クッパとの戦いはあえて元祖スーパーマリオのスタイルを貫いており、昔のユーザーもしっかりフォローする。幅広いファンへの心遣いが感じられる作品だ。

 ストーリーが新規であるにも関わらず、どこもかしこもゲームで見たような場面であふれており、新しくもあり懐かしくもある。例によってエンドロール後におまけ映像があったが、すでに宇宙レベルの話になってしまったので、3作目はなくても良い気がする。
 ところで、ファミコンロボットの登場シーン、どう見ても「ズートピア」のナマケモノのギャグだった。ディズニーからパクっちゃまずくない?

アクション性 10
映像美 9
一般性 5
個人的総合 8

他の方のレビュー
KENTWORLD:任天堂のゲームについてならこの方。
映画にわか:クッパ礼賛
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2026年04月29日

銀河特急 ミルキー☆サブウェイ 各駅停車劇場行き

 個人制作だったCGアニメが、連続アニメになってYouTube配信、そしてとうとう劇場公開。その足跡は各駅停車どころか超特急である。

 宇宙ハイウェイで暴走し、逮捕されてしまったチハルとマキナ。更生プログラムの一環として、他の犯罪者と一緒にミルキーサブウェイの清掃を命じられる。ところが、列車が勝手に走り始めた。チハルとマキナは、コントロールを取り戻すために先頭車両を目指す。

 YouTubeでは毎回約3分の短編だったが、それをつないだだけでは映画にならない。そこで、合間合間につなぎの映像が足されているのだが、なんとまあ警察側のエピソードとなっているではないか。警官のリョーコは以前から人気があったので、推しの皆さまにとっては喜ばしい内容だったことだろう。一方で、列車内のエピソードはほぼそのままなので、わざわざ劇場にまで行く価値があるかというとそこは微妙。私もYouTubeは全話視聴済みだったので、劇場に行くかどうか迷ったが、実際に観ると、様々な伏線に気付けたので予想より楽しめた。
 若い作家の手で、レトロな雰囲気の歌やデザインが、逆に新しいものとして活用されているのを見るのは、なんとも不思議。セリフ回しも笑いのセンスも見事に令和仕様なので、感性の若さが問われる。
 どうせなら、逮捕の理由である「ミルキー☆ハイウェイ」部分をリメイクしてほしかったが、そこまでの予算や期間はなかったか。

追加部分の量 1
追加部分の質 8
リピート性 7
個人的総合 6

他の方のレビュー
みじんコ:才能の民主化!!
こがれんアーカイブ:なるほど〈赦し〉か
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2026年04月25日

プシュパ 君臨

 「プシュパ」2作目は、特別料金2800円、上映4時間弱の超大作! 次から次へと正気の沙汰とは思えない展開が続くが、観ているうちにすっかりプシュパワールドに取り込まれてしまい、何が起こっても面白いという困った事態に陥った。

 物語は、ついに実写化されたトンチキジャパンからスタート。横浜港らしいが、ちっともそう見えない。港湾作業員はインド人ばかりだし、ヤクザ役も多分中国人だろう。我らがプシュパは、密輸のコンテナの中から登場、片言の日本語も勇ましく、ヤクザ相手に大立ち回りを演じる。
 紅木(こうき)の密輸で成り上がったプシュパだったが、田舎ギャングを制圧したくらいでは満足せず、海外への密輸ルートまでも仕切るようになる。議員ながら協力者のシッダッパには、州知事の座を狙うようそそのかす。
 シェーカーワト警視との戦いも本格化。プシュパたちを検挙だ、と意気揚々と戻った警視を迎えたのは、もぬけの殻となった警察署。プシュパが金にものを言わせて署員を退職させてしまったのだ。
 日本では、ヒーローにふさわしいのは貧しくとも気高い者だ。しかし、プシュパは金も権力も遠慮なく使い、まるで悪役の立ち回り。インドの労働者的にはこれが理想の強者なのかも知れぬ。

 前作のヒロイン、シュリーヴァッリと結婚し、家庭も密輸稼業も順風満帆に見えるプシュパだが、妾の子ゆえの引け目だけは解消されない。祭のさ中、シュリーヴァッリは、プシュパに妊娠したことを知らせる。するとプシュパは、神の姿に扮し、とり憑かれたように踊り狂う。シュリーヴァッリが理由を訊くと、プシュパは子供が娘であるように祈ったのだと答える。娘なら、誰かの妻となり、その家の姓を名乗ることができる。しかし息子だったら、自分と同じ、姓のない苦しみを負わせることになってしまう…
 インド映画ではお馴染みのダンスシーン、前作は労働者らしさを意識したのか、武骨で質素なものだったが、今回は成り上がった後なので(?)豪壮華麗で贅沢、映画館で観る価値が増している。

注:以下にネタバレ含む

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2026年04月18日

プシュパ 覚醒

 名もなき労働者のプシュパが、密輸で成り上がり、インドのギャングどもをぶちのめす! 続編の公開を機に、リバイバル上映されたシリーズ1作目。 

 物語は、PS2みたいな低品質のCGで描かれたトンチキなジャパンからスタート。三味線に使われる紅木(こうき)が、日本の料亭から、延々と逆回し映像で追跡され、海を渡ってインド、そして原産地の山林へ。ここでようやく普通の実写に切り替わる。
 主人公のプシュパは、日雇い作業員なのに椅子にふんぞり返っていて態度がでかい。とがめられると、その日の金を受け取ってあっさりやめる。同僚のケーシャヴァが、この大物について行こうと決断。思い切りが良すぎる(笑)
 プシュパは安い仕事には目もくれず、危険で報酬の大きな仕事を選ぶ。それは、地元警察の目を欺いて、紅木を不法に伐採する仕事だった。密輸を仕切るコンダ組は警察にマークされていたが、プシュパの策で押収を逃れ、プシュパは一目置かれる存在になる。さらに、コンダの取引先が高いマージンを取っていると知るや、プシュパは組を通さず直接商談に及び、それに反発したコンダの刺客を返り討ちにする。主人公が偉くなったら仲間が増えるかと思いきや、プシュパは他人に関心がないのか、ついていくのはケーシャヴァだけというのがユニークだ。
 現実の労働者は、雇い主には口ごたえ一つできない。そんな鬱憤を、プシュパが代わって晴らしてくれる、というのがインドでこの映画がヒットする理由なのだろう。強くてハンサム、まさに無敵のプシュパだが、モテモテかと思いきや、恋愛に関しては中学生のような素朴さで描かれる。このギャップもまた、彼がインドの労働者の代理だからだろう。
 私は若干世代が合わないが、昭和のヤクザ映画ってこんな感じで人気だったのかな、と想像した。
 そんなプシュパにも一つだけ弱みがある。彼は名家に生まれたが、妾の子だったので父の死後は家族と認められず、姓を名乗れないのだった。いかなる敵の脅迫も恐れず、喧嘩になれば無敵、というプシュパが、父の本妻の子である兄にだけは何を言われても反論できない。極端な描写に、この問題の根深さを感じた。貧富の差に加え、身分制度の壁もあるインドでは切実なのだろう。
 とは言え、全体としては、深く考えずに楽しむべきエンタメ映画である。

 物語終盤、新たな敵としてシェーカーワト警視が着任するが、こいつがすこぶるイカれている。彼は、摘発した犯罪者をトラックに詰め込み、部下に運転を任せて、助手席で寝ようとする。そのために席を倒そうとするが、後ろが犯罪者でいっぱいで倒せない。そこで、二人ほど射殺してスペースをあけて寝た。なんという斬新なサイコパス描写! こりゃあプシュパとの対決が楽しみだぞ、と思ったら〈続く〉!
 リバイバル上映なので直ちに続編を観られるのが救い。元の公開では3年待たされたらしく、シャレにならない。

暴力度 8
不遜度 10
コンプラ度 2
個人的総合 5
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2026年04月05日

プロジェクト・ヘイル・メアリー

 こういう本格SFは久しぶり。映画館で宇宙にどっぷり浸ろう。

 グレースが目覚めると、地球から遥かに離れた宇宙船の中だった。他の乗員はコールドスリープ中に死んでいて、状況がわからない。グレースは、この航行が地球を救うための計画だったことを思い出す。使命を再開した彼の前に、謎の宇宙船が現れる。

 これが今どきの映画なんだな、と認識を改めさせられる作品だった。
 地球が滅びかけており、すべてを背負った主人公が未知の宇宙へ旅立つ、というプロットは「インターステラー」に近い。ところがこの映画、深刻な状況の割にはノリが軽いのだ。太陽のエネルギーが奪われ、地球の風景がどんよりしてはいるが、今一つ映像から危機感が伝わらない。原因となるペトロヴァ・ラインのビジュアルに禍々しさがない、もしくは人々にあまり害が及んでいないせいかもしれない。
 SFとしてのアイデアは面白く、例えば、アストロファージが危機の元凶であり同時に宇宙船の推進剤にもなるというギミックは良かったが、それを日曜大工程度の設備で解析してしまうあたりでゆるさを感じた。
 数学やら物理やらを振り回しても観客は理解できない。これくらい平易な方が観客の受けが良いのだろう。

 ロッキーが登場してからは、完全にバディ映画となる。ロッキーの宇宙船は、地球人の常識に収まらないデザインで、「インターステラー」の5次元描写を想起させた。また、ロッキーの姿も斬新、と受け取るべきなのだろうが、ゲーマーなので、ゼルダのイシロックみたい、と思ってしまった。彼とのコミュニケーションのために、グレースが試行錯誤をするシーンが私にとってはピークだった。
 地球でのグレースは、カラオケの場面などでぼっちが強調されている。教師としてはそれなりに慕われていた感じがあり、偏屈でもないので不思議だった。また、グレース以外の乗員はなぜ死んだのか、最後まで明確にならなかった。いずれも、ロッキーを唯一の相棒とするためのシナリオの都合、というのが透けて見えるようで残念だった。
 次々にピンチに陥り、ロッキーとの協力でそれを乗り越えていくが、SF的な知見というよりは勢いでどうにかしている感じがあって、私にはイマイチだったが、これも今どき仕様なんだろう。エンターテインメントのさじ加減は難しい。

ファーストコンタクト 8
アイデア度 8
ご都合主義度 8
個人的総合 7

他の方のレビュー
シネマンドレイク:「オデッセイ」とは逆
映画にわか:エンジニア冒険物語
posted by Dr.K at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画一刀両断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする