2025年12月16日

珍品堂が勧める2025年の映画ベスト3

 近年、気のせいか魅力的なリバイバル上映が目立ちませんか? おかげで劇場へ行く回数が増えてしまいました。それでは、少々早いですが、今年観た新作映画のベスト3です。

第3位 ズートピア2
 いまや期待値の大幅に下がっているディズニー映画ですが、これはちゃんと出来ていました。続編だからと言って無暗にスケールを拡大せず、ジュディとニックの関係性に焦点を絞っていたのが良かったのかもしれません。前作のキャラも大半が再登場しており、ファンサービスもバッチリでした。詳しくは後日レビューを書きます。

第2位 JUNK WORLD
 「JUNK HEAD」は、ほぼ個人制作のため、監督の脳内にある壮大過ぎる構想が表現しきれていないと感じるところがありました。しかし今回は、CG技術の導入やスタッフの増員もあって、だいぶ表現が追いついてきたと思います。一般性などクソくらえ、とばかりに作りたいもののために全力を投じた開放感が心地よいです。

第1位 ゾンビランドサガ ゆめぎんがパラダイス
 ゾンビがアイドルをやっているテレビアニメが、劇場版では宇宙からの侵略者と戦うことになり、もはや支離滅裂です。ところがどっこい! 独創的なアクションに圧巻のライブシーン、アニメ映画としての質は非常に高いです。そのうえ、泣けるストーリーまで用意されているというのですから、降参です。
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2025年12月06日

PERFECT BLUE

 初監督作品がこの出来とは、今敏、やはりただ者ではない。

 未麻は、事務所の勧めで売れないアイドルグループを脱退し、女優業に転身する。しかし、ドラマに出ればレイプされるシーン、写真集を出せばヘアヌード、と仕事は理想とはほど遠い。さらに、仕事の関係者が殺される事件が起き、未麻は、アイドル時代のファンが犯人ではないかと疑う。

 「パーフェクトブルー」は、1997年のアニメ映画。キャラの顔立ちなど絵柄が古臭く、ブラウン管モニターのマックでネットスケープを起動して個人のホームページにアクセスするなど、ガジェットも時代相応に懐かしい。
 しかしながら、ストーリーは未来を先取り。犯人は未麻の行動をつぶさに記録し、彼女のなりきり日記を書いていた。当時、ネットにこんな使い方があるなんて、一般には知られていなかったし、そもそもストーカーなんて用語すらまだなかった。SNSもない頃に作られた映画とはとても信じられない。
 未麻は精神的に追い詰められ、夢や妄想と現実との区別がつかなくなってゆく。このあたりのスリリングな描写も実に見事で、後に「パプリカ」を撮るのは必然だったんだと納得した。
 映像は必ずしも客観的である必要はない。未麻が手を下したかに見える犯行シーンは、未麻の別人格でも、Mi-Maniaやルミによるなりきりでも成立してしまう。あいまいで容易に真相を見せない表現はアニメだからこそだ。
 ルミは、未麻がアイドルを辞めることに反対し、レイプシーンの撮影では涙を流して怒った。事務所のクソ社長と違って、未麻にちゃんと寄り添ってくれるマネージャーなんだな、と思っていたが、いざ真相が明かされると、それらがすべて異常なアイドルへの執着として伏線になっていることに気付く。上手すぎんだろ、このシナリオ。

 以上をもって、今敏監督作品をすべて劇場で観る、という目標が達せられた。リバイバル上映はいいものだ。

キャラ一般受け度 5
物語一般受け度  4
次代超越度   9
個人的総合    7
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2025年12月02日

果てしなきスカーレット

 酷評の嵐にびびりながら観ましたが、意外や意外、私にとっては好きなタイプの映画でした。

●突然の路線変更
 そもそも予告編から異様でした。思い詰めた表情で、荒野を一人進むスカーレット。これまでの細田守監督作品は、いずれも明るく楽しそうな第一印象がありますから、突然の路線変更です。また、細田作品では、現実世界と異界とを行き来することが多いのですが、今回は異界の方に全振り。従来のファンは離れてしまったかもしれませんが、私はむしろ興味を惹かれました

●日本人の看護師
 スカーレットは中世デンマークの王女様。観客とは縁遠い主人公です。日本人で看護師の聖の方が、観客に近い立場の人物と言えます。仮に、聖を主役にしてみると、現代日本の看護師が、死者の国で復讐に燃える王女と出会うという物語になり、平凡な転生ものになってしまいます。
 しかし、この物語はあくまでスカーレット視点。聖は、謎の医療技術を持ち、理解不能な平和主義を振り回す変な奴と見られます。転生ものを、異世界の側から見るという面白い試みになっているのです。

●ミュージカルシーン
 ちゃんと物語上の役割があってミュージカルをしているのですが、入れ方が下手ですね。インド映画みたいだ、と言う人がちらほらいますが、インド映画に失礼でしょう。歌詞があまりにストレートなのですが、もしかして英語歌詞が原典だったりしませんか。
 私が気になっているのは、ダンスの前に、無人の渋谷が一回映されたことです。異様な静寂の場面で、一体何を表していたのでしょう。また、踊ったのはスカーレット本人ではなく、スカーレットが空から眺めたもう一人の自分、となっています。踊りの上手すぎる聖も別人と思われますが、なぜこういう演出にしたのでしょうか。

●死者の国
 老婆、おそらくは神か管理者によって、「生も死も時間も入り交じる」世界と説明されますが、その割には限られた人物しか出てきません。私の解釈では、この映画の舞台は、スカーレットのためだけに用意された死者の国です。だから、彼女に関係した人物ばかりなのです。聖だけが、何らかの手違いで紛れ込んでしまった異物なのでしょう。
 龍は素晴らしいデザインでした。都合よく出て来過ぎ、と批判されていますが、これもスカーレットの心に呼応して現れていると考えるとおかしくはありません。

●反戦のメッセージ
 時期的に見て、ロシアのウクライナ侵攻を受けてのものかと思いますが、戦争が長期化、泥沼化したことにより、メッセージがくすんでしまったように思います。高市政権になって、世論の右傾化が目立つ時期なのもタイミングが悪かった。
 細田監督と同世代なのでよくわかるのですが、私たちは幼い頃から強力な反戦教育を受け、それが正義感のベースになっています。この世代が創作に向き合えば、エンタメなんだから復讐を遂げたらいいじゃん、とはならないのです。

●技術志向
 この映画が興行的にどれだけ不振でも、スタジオ地図のスタッフは今後も他の作品で活躍すると思います。と言うのも、技術が最高レベルだからです。
 前作「竜とそばかすの姫」では、電脳世界が3Dで描かれました。電脳世界なので、CGに見えてOKだったわけです。一方「スカーレット」は、死者の国を3Dで描いていますが、これはCGに見えてはいけません。残念ながら、背景はときどきゲームのように見えますし、戦闘アクションの表現もゲームの方が進んでいるかもしれません。しかし、パンフレットを見て驚いたのですが、クローディアスと対峙するスカーレットの表情が、3Dで描かれていたのです。すっかり手描きに見えていたので驚きました。日本らしい絵柄を保ったまま、アニメが全編3Dになる日もすぐそこまで来ています。

映像美 8
スケール感 8
歌の使い方 1
個人的総合 6

他の方の注目すべき批評
社会の独房から:数年に一度の奇祭
映画にわか:華々しい失敗作!
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2025年11月19日

さよならはスローボールで

 原題は「イーファス」。山なりの極端なスローボールのことで、私が思い出す使い手は、かつて日本ハムにいた多田野数人投手。

 90年代アメリカの田舎町。中学校を建てるために、古い野球場の取り壊しが決まった。ここをホームグラウンドにしていた草野球のメンバーが集まり、最後の試合を始める。

 ゆるゆると試合が進む中、ドラマのきっかけになりそうなことが次々に出てくる。青チームのリーダーは、野球場の取り壊しを請け負った建設会社に勤めている。野球仲間からは恨みがましい視線を向けられているが、このぎくしゃくが、試合を通じて解消されるのかと思ったら全くそんなことにはならない。赤チームのリーダーは、親戚との約束をすっぽかして試合に出ていたらしく、途中で連れ去られる。投手がいなくなり、控え投手がマウンドに立つ。彼は、出番がない中、タイトルにもなっているイーファスの技を磨いて待機していた。では、その魔球によって試合が動くのかというと、全く関係ない。黒人の打者が何の前触れもなくホームランを打つが、全く盛り上がらない。知らない老人が現れ、イーファスを披露して消える。(後で調べたら、本物の元メジャーリーガーだった) そうかと思うと、ある選手は最後ということで、奥さんと子供が見に来ている。かっこいい姿を見せたいところだが、あっさり凡退に終わった。時間が来たから、と審判も途中で帰ってしまうし、日が暮れてきてボールも見えない。無理矢理試合を成立させて、打ち上げもなくチームは解散した。ドラマとしての盛り上がりを丁寧にとり除き、何も起こさず何も解決しない。面白いとは到底言えないが、徹底した作りは前衛的ですらある。
 赤チームに、ひときわ太ったおじさんがいて、存在感があった。長打を打ちそうに見えたが、全く活躍の場面がなかった。セリフもほとんどなく、彼は何者だったのだろう。いつの間にか、私もそうしたモブの一人となって、この球場にいたようにさえ思うのである。

郷愁度 8
盛り上がり 1
臨場感 8
個人的総合 4

他の方のレビュー
映画にわか:絶賛評
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2025年11月15日

羅小黒戦記2 ぼくらが望む未来

 入場時、特典としてミニパンフレットが配布された。充実した内容で、これではパンフレットが売れなくなってしまうのでは、と心配したがよく見たら前作の解説だった。なんという親切。

 妖精が人間の軍隊に襲われる事件が起き、人間側に対妖精効果のある物質が渡ったとわかる。手引きした犯人として、人間の身でありながら、妖精会館最強の執行人であるムゲンに疑いがかかり、軟禁されてしまう。シャオヘイと姉弟子のルーイエが、真犯人を見つけるべく旅に出る。

 前作は、妖精の暮らしが脅かされているとはいうものの、人間側は一般人しか出ず、妖精VS妖精の戦いのみが描かれるファンタジックな物語だった。だが、今回は人間側に近代兵器で武装したプロの軍隊が出てくるので、のっけから雰囲気が非常にシリアスだ。
 ルーイエは、転送門と呼ばれる中華風ワープ装置で次々に移動、テンポよく調査を進めていく。前作はムゲンが海をわたり、鉄道やバイクで長々と移動しており、旅情のようなものがあったが今回はそれがない。オープンワールドのゲームで新作が出て、ファストトラベルが充実したら、ちっとも旅の感じが出なくなった、というのと似ている。作り手がゲーム世代なのか、他も色々ゲーム的に見えることが多い。
 前回は顔見せだけだったナタが、今回はセリフも多く大活躍。とてもいいキャラになっている。ムゲンも軟禁されたままのはずはなく、最後に出陣してくれるが、あまりに強すぎて笑ってしまった。次回作でどうするとか、絶対考えてない。
 前作の公開は「鬼滅の刃 無限列車編」と同じ年。このときは、中国の新興スタジオもなかなかやるもんだな、くらいの感覚だった。それから数年、「無限城編」と同じ今年に公開された「羅小黒戦記2」は、「鬼滅」越えとまでは言わないが、日本のほとんどのアニメをぶっちぎるアクションに進化していた。日本配給はAniplexだし、吹替声優は鬼滅とかぶってるし、主題歌はAimerだしで、何かと因縁のあるこの映画。次で「鬼滅」に並ぶ作品になっていてもおかしくはない。
 すべての事件が解決したのち、ルーイエの凄絶な過去が、無言の回想シーンとして静かに流れる。この演出も「鬼滅」を思わせる。あいかわらず日本向きの作りで舌を巻く。

前作からの進化 10
アクション 9
旅情 4
個人的総合 8
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2025年11月07日

ゾンビランドサガ ゆめぎんがパラダイス

 冒頭で「これまでのゾンビランドサガ」をやってくれてはいるものの、この映画から観始めるのは無理。完全にTV版視聴済みの前提です。

 「ゆめぎんが」って何ですか? 佐賀の宇宙科学館です。なぜか佐賀で万博が開かれることになり、アイドルグループのフランシュシュがアンバサダーに選ばれ、ステージを勤めています。ところがどっこいちょいちょいちょい! 突如として巨大な宇宙船が襲来、会場を粉々に破壊します。メンバーの山田たえが攫われます。宇宙人は侵略を宣言し、世界中を遠隔攻撃できる力を誇示します。「大長編タローマン」よりでたらめな万博映画なんて反則です。
 アイドルアニメの劇場版ということで、大画面でライブを観ることに期待していたファンをすっぱーんと裏切り、ゾンビVSエイリアンの大バトルが始まりました。思い出しました。この奔放さが、「ゾンビランドサガ」だよ! 

注:以下にどどーんとネタバレあり

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2025年11月01日

新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に

 30周年のリバイバル上映第二弾。「シト新生」に続いて、映画館は大入り。そして大多数が公開当時に生まれていなかったような若者だ。時間帯のせいか、ポップコーンの購入率が高いが、そんなの食べながら観るような映画じゃないぞ、とツッコミたい気持ちをなんとか抑える。

 今回は、緒方恵美のコメントから始まった。またもや28年越しの謝罪だったので苦笑い。
 私は、「Air/まごころを、君に」は既に見ていた。多分2000年前後だったと思う。DVDが普及し始めたからだろう、中古屋で「エヴァ」のビデオテープが格安になっていたので思い切って買った。TV版が全話収録されているものだが、最終話に「Air/まごころを、君に」が追加されていた。私はそれを、自宅の14型ブラウン管テレビで観た。その後、友人に貸したら返ってこなかったので、観たのはそれ一回きりである。
 そんな経緯であるから、劇場の大スクリーンで観る「旧劇」は、全く別物に感じられた。そして昔より面白く感じられた。ロボットアニメという枠を大きく逸脱し、わけのわからない方向へ進む展開は、当時多くのファンを戸惑わせたが、今見ると、斬新で唯一無二、貴重な試みであるように思うのだ。
 こんな感想を言っていられるのも、「シン・エヴァンゲリオン劇場版」のおかげ。きちんとした結末を見届けているので、何が起こっても落ち着いていられる。「気持ち悪い」で放り出された当時の観客とは違うのだ。
 一方、今だから気になるのは実写パート。この劇場の場面は、どうやって撮られたのだろうか。おそらく、「シト新生」の会場だろうが、明らかにカメラを意識している観客がいるので、隠し撮りでもなさそうだ。うつっている人たちは、現在どうなっているのだろう。子供や孫に、「エヴァ」に出ていることを自慢していたりするのだろうか。現在だったら、コンプラ的に問題がありそうな映像の使い方だが、わざわざエキストラを使って撮ってしまったら雰囲気は出ないだろうなあ。
 シンジは、ミサトにすべての「エヴァ」を消すよう言われる。まさかその実現に20数年、「シン・エヴァ」までかかるとは、スタッフでも予想できなかっただろう。

 上映が終わり、会場は呆然となっていた。彼女と来ていた彼氏は、ひどい映画につきあわせてしまってごめん、と必死に謝っていた。当時の劇場の再現か? リバイバルでこんなことまで体験できて最高だ。

先鋭度 10
不可解度 10
不健全度 8
個人的総合 8
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2025年10月26日

シンハードリ

 2003年のインド映画で、監督はS.S.ラージャマウリ、主演はNTRジュニア。後に「RRR」を大ヒットさせる二人による作品が、日本初公開となった。

 孤児のシンハードリは、幼い頃、ペッダイヤに命を助けられる。以来、恩義を感じた彼は、実の息子のようにペッダイヤに仕える。ペッダイヤの孫娘に惚れられ、結婚も間近という雰囲気だ。ところが、シンハードリは時々こっそり家を離れ、精神を病んだ娘インドゥと会っている。さらに、シンハードリが打ちのめした悪漢を診察した医者が、「シンガマライ」という名を口にして蒼白になった。果たしてシンハードリは何を隠しているのか?

 大仰なアクション、さえないビジュアル、そして唐突なダンス。正直、古臭いインド映画だ。しかし、ラージャマウリ監督の後の傑作への萌芽がそこかしこに認められる。インターバル前の急展開、長大な回想を使っての種明かし、そして結末に至る波乱などである。
 キャスティングも面白い。正義を貫く硬骨漢ペッダイヤを演じたのは、ナーサル。「バーフバリ」では卑劣な男ピッジャラデーヴァを演じている。 また、ダンスパートのゲストとしてラムヤ・クリシュナが登場する。「バーフバリ」の国母シヴァガミである。何しろ20年の隔たりがあるため、若くてパッと見では気付かない。こういう人脈があったればこそ、後年につながったのだろう、と感慨深い。

 余談:このダンス、片足で安定しててすごい。

アクション 7
スケール 5
オリジナリティ 6
個人的総合 5
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2025年10月18日

新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生

 30周年を記念し、「エヴァ」映画のリバイバル上映が始まった。新劇場版はすべて映画館で観たので、わざわざ行くまでもないと思っていたのだが、なんとなんと、未見だった「旧劇」がラインアップされているではないか。

 驚いたことに、映画館はほぼ満席。しかも、当時を懐かしむために来ているような年寄りは少なく、観客のほとんどは若者だった。なるほど、生まれていなかったような世代にとっては、これは純粋に「エヴァ」の新作に等しい。
 本編の前に、鶴巻監督によるコメントが流れた。「当時は未完のままになってしまい、すみません」と、28年越しの謝罪となった。

 そして始まった「シト新生」。その内容にまた驚かされた。
 ここで唐突に話は飛ぶ。私は先日、テレビで放送した「劇場版Spy×Family」を見た。マンガもTVアニメも見たことがなかったが、冒頭の10分だけで設定がわかるようになっていて感心した。劇場版ともなれば、家族や友達連れで見る人も多いだろう。その中には、初見の人も含まれるはず、というマーケティングの結果としての親切さだ。
 ところが「エヴァ」は正反対。前半「DEATH」パートは、TV版の振り返りなのだが、全く総集編になっていない。時系列も不規則に細切れにされている。前衛的なマッドみたいだ。TV版は皆視聴済みなので、繰り返してもつまんないでしょ、と言わんばかりの態度だ。だが不思議なことに、物語の辻褄はさっぱりわからないのに、これが「エヴァ」だという雰囲気だけは完璧に伝わっている。
 シンジがチェロを持ってくるところから始まり、カヲルまでがそろって演奏を始めると、それがエンドロールになる、という編集も尖り過ぎている。観客のほとんどを占めた若者は、わざわざ30年前のTV版を観たりはしていないはず。次作のリバイバル上映にどれくらい集まるのか見ものである。

先鋭度 10
アニメーション 4
完成度 4
個人的総合 6
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2025年10月11日

ザ・ザ・コルダのフェニキア計画

 大富豪にして実業家のザ・ザ・コルダは敵が多く、たった今6度目の暗殺から逃れたところだ。彼は、いよいよという時のために、事業を引き継ぐことにした。修道院に入った娘を呼びつけ、見習いとして資金調達の旅に同行させる。

 歳をとったのか初心に帰ったのか、ウェス・アンダーソン監督らしからぬシンプルなストーリー。だからこそ、奇天烈な画面やクセ強な俳優の演技をじっくり楽しむことができる。砂漠のシーンは予告編にも使われていたが、「アステロイドシティ」と見分けがつかない(笑) トム・ハンクスの無駄遣いぶりにも笑うしかない。
 最初の説明の通り、ザ・ザ・コルダの旅は命がけ。しかし、オープニングの飛行機の場面だけで、スリルが全くなく、真剣につきあう必要がないことが分かる。感動させるつもりがない作品、というのも良いものだ。いつも真剣な作品ばかりでは観る方も疲れてしまう。気軽に観られて、それなりに決着のつく楽しさ。「グランド・ブダペスト・ホテル」以来の最高傑作、という宣伝文句もあながち間違いとは言えないかもしれない。
 物語の中盤、ザ・ザ・コルダは底なし沼から助け出されて、泥まみれになってしまう。その姿が、ハナ肇の銅像コントに見えてしまった私はいい歳。

画面の作りこみ 9
テンポの速さ 8
名優の無駄遣い 10
個人的総合 7

posted by Dr.K at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画一刀両断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする