酷評の嵐にびびりながら観ましたが、意外や意外、私にとっては好きなタイプの映画でした。
●突然の路線変更
そもそも予告編から異様でした。思い詰めた表情で、荒野を一人進むスカーレット。これまでの細田守監督作品は、いずれも明るく楽しそうな第一印象がありますから、突然の路線変更です。また、細田作品では、現実世界と異界とを行き来することが多いのですが、今回は異界の方に全振り。従来のファンは離れてしまったかもしれませんが、私はむしろ興味を惹かれました。
●日本人の看護師
スカーレットは中世デンマークの王女様。観客とは縁遠い主人公です。日本人で看護師の聖の方が、観客に近い立場の人物と言えます。仮に、聖を主役にしてみると、現代日本の看護師が、死者の国で復讐に燃える王女と出会うという物語になり、平凡な転生ものになってしまいます。
しかし、この物語はあくまでスカーレット視点。聖は、謎の医療技術を持ち、理解不能な平和主義を振り回す変な奴と見られます。転生ものを、異世界の側から見るという面白い試みになっているのです。
●ミュージカルシーン
ちゃんと物語上の役割があってミュージカルをしているのですが、入れ方が下手ですね。インド映画みたいだ、と言う人がちらほらいますが、インド映画に失礼でしょう。歌詞があまりにストレートなのですが、もしかして英語歌詞が原典だったりしませんか。
私が気になっているのは、ダンスの前に、無人の渋谷が一回映されたことです。異様な静寂の場面で、一体何を表していたのでしょう。また、踊ったのはスカーレット本人ではなく、スカーレットが空から眺めたもう一人の自分、となっています。踊りの上手すぎる聖も別人と思われますが、なぜこういう演出にしたのでしょうか。
●死者の国
老婆、おそらくは神か管理者によって、「生も死も時間も入り交じる」世界と説明されますが、その割には限られた人物しか出てきません。私の解釈では、この映画の舞台は、スカーレットのためだけに用意された死者の国です。だから、彼女に関係した人物ばかりなのです。聖だけが、何らかの手違いで紛れ込んでしまった異物なのでしょう。
龍は素晴らしいデザインでした。都合よく出て来過ぎ、と批判されていますが、これもスカーレットの心に呼応して現れていると考えるとおかしくはありません。
●反戦のメッセージ
時期的に見て、ロシアのウクライナ侵攻を受けてのものかと思いますが、戦争が長期化、泥沼化したことにより、メッセージがくすんでしまったように思います。高市政権になって、世論の右傾化が目立つ時期なのもタイミングが悪かった。
細田監督と同世代なのでよくわかるのですが、私たちは幼い頃から強力な反戦教育を受け、それが正義感のベースになっています。この世代が創作に向き合えば、エンタメなんだから復讐を遂げたらいいじゃん、とはならないのです。
●技術志向
この映画が興行的にどれだけ不振でも、スタジオ地図のスタッフは今後も他の作品で活躍すると思います。と言うのも、技術が最高レベルだからです。
前作「竜とそばかすの姫」では、電脳世界が3Dで描かれました。電脳世界なので、CGに見えてOKだったわけです。一方「スカーレット」は、死者の国を3Dで描いていますが、これはCGに見えてはいけません。残念ながら、背景はときどきゲームのように見えますし、戦闘アクションの表現もゲームの方が進んでいるかもしれません。しかし、パンフレットを見て驚いたのですが、クローディアスと対峙するスカーレットの表情が、3Dで描かれていたのです。すっかり手描きに見えていたので驚きました。日本らしい絵柄を保ったまま、アニメが全編3Dになる日もすぐそこまで来ています。
映像美 8
スケール感 8
歌の使い方 1
個人的総合 6
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